「ニセ殺し屋」の実話を基にした映画『ヒットマン』は変身願望を刺激する!【やくみつるのシネマ小言主義 第262回】

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奇想天外な“殺し屋のフリがうまい男”のストーリー。まさかの実話をざっくり基にしたクライム(犯罪)コメディーです。

ゲイリー・ジョンソンという役名も、実際の人物の本名のまま。警察のおとり捜査で「ニセ殺し屋」となり、殺人の依頼人を70人も逮捕に導いたそうです。

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本物のゲイリーは、2022年に亡くなったそうですが、本作を見たらどんな感想を持ったでしょうね。(エンドロールにはお約束の本人写真が出ますが、それが変装した殺し屋のバリエーション!)

「○○捜査官」シリーズは日本の2時間テレビドラマの定番ですが、老若男女、年代もさまざまな依頼人が期待する「殺し屋のイメージ」に合わせて毎度扮装を変え、信用させる捜査官というのは目新しい。まさに『事実は小説より奇なり』です。

「最大の成果や喜びを得る秘訣は、人生を危険にさらすこと」

映画の中のゲイリーは妻とも離婚し、2匹の猫と静かに暮らす大学の先生。心理学と哲学を教える傍ら、副業で地元警察の捜査官をサポートする技術スタッフとして働いています。

ある日、おとり捜査で殺し屋役をするはずだった同僚のピンチヒッターとして突然指名されたゲイリー。パッとしない風貌のオタク教師が、ヘアスタイルや服装などを工夫して、タトゥーだらけのワイルド系からビジネスマン風、アーティスト風まで次々とキャラ変します。彼が変身の才能に目覚める様が面白いです。
 
容姿はもちろん、話し方から殺し方、死体の処理方法まで、相手に合わせて自在に変えられるのは、人の意識や行動を研究する人間心理の専門家だからという設定も筋が通っています。

時々、本職の教壇シーンが挟み込まれるのですが、その講義が解説になっているのが興味深い。例えば、ニーチェの『最大の成果や喜びを得る秘訣は、人生を危険にさらすこと』とか。静かな教師生活に飽き足らず、体を張って殺し屋を演じる意味が腑に落ちるんです。

さて、本作の主人公が嬉々として別の人生を擬似体験している様子を見ていると、自分の中にも変身願望があることに気づきました。

自分は定期的にウィッグ(髪の毛)の交換をしているのですが、ウィッグって取り付け当初は肩先くらいの長さなんです。それを専門の美容師さんがいつもの自分の髪型に整えてくれますが、一瞬「ロン毛のままにして欲しいな」と思ってしまう。

鏡の中にいるのは、トヨエツ(豊川悦司)風のワルな自分。この姿で生きる自分をつい想像してしまいます。  

ヒットマン
監督:リチャード・リンクレイター
出演:グレン・パウエル、アドリア・アルホナ、オースティン・アメリオ、レタ、サンジャイ・ラオ、モリー・バーナード、エヴァン・ホルツマン、グラレン・ブライアント・バンクス
配給:KADOKAWA
9月13日(金)新宿ピカデリーほか全国ロードショー 

ニューオーリンズで2匹の猫と暮らすゲイリー・ジョンソン(グレン・パウエル)は、大学で心理学と哲学を教える傍ら、地元警察に技術スタッフとして協力していた。そんなある日、おとり捜査で殺し屋役の警官の代役を務めたことをきっかけに、ニセの殺し屋としておとり捜査に関わることに。依頼人の好みに合わせたプロの殺し屋になりきり、次々と逮捕へつなげていくゲイリーだったが、夫の殺害を依頼してきた女性マディソン(アドリア・アルホナ)と出会ったことで運命が狂い出す。 

やくみつる

漫画家。新聞・雑誌に数多くの連載を持つ他、TV等のコメンテーターとしてもマルチに活躍。