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レポート『コロナと性風俗』~第9回「札幌・ススキノ」~ノンフィクション作家・八木澤高明

(画像)Sean Pavone/Shutterstock.com

出発ロビーがいつも以上に広々として見えた。視界に入る人の数は、10人にも満たない。この場所が、いつもは人でごった返す成田空港だろうか。

かつての姿を思い出してみる。チケットカウンターには、多くの人が並び、危うく飛行機に乗り遅れそうになったこともあった。やきもきしながら順番を待ったカウンターには、人っ子ひとりいない。オペレーターたちが、手持ち無沙汰な様子で立っているだけだ。

私はこのとき、北海道の札幌に向かおうとしていた。全国に先駆けて、独自の緊急事態宣言を発出するなど、新型コロナウイルスの脅威にひと足早くさらされた北海道。その中でも注目されたのが、札幌の繁華街ススキノだった。

昨年1月、中国の武漢で正体不明のウイルスが流行しているというニュースが流れ始めた頃、私は取材で札幌を訪れていた。周囲は中国人の観光客だらけで、中国語が飛び交っていた。

それから1年3カ月、訪れた札幌の姿はまったく変わっていた。中国人の観光客の姿はきれいさっぱりなくなり、ススキノを歩く人もまばらで、交差点に立つ客引きの姿だけが目立った。

最初に私が話を聞いたのは、ファッションヘルスの男性従業員だった。それまで彼らの「生の声」というものを聞いたことがなく、どのような影響が出ているのか気になったからだ。

取材に応じてくれたのは、人妻ヘルスの従業員、吉沢さん(仮名)だ。店の営業が終わった午前1時、ススキノの路上に止めてあった彼の車の中で話を聞いた。

「全然、活気は戻っていないですね。この時間でもコロナ前は人で溢れていたんですけど、今はほとんど歩いていないですよね。東京でコロナが増えると、こっちの人は出て来なくなるんですよ」

きしめん屋店主「これまでで最大の危機」

お店への影響も、もちろんあるという。

「出勤が毎日ではなく、週3日になってしまいました。固定給は保証されているんですけど、ボーナスが3分の1になりました。従業員は社員なので、まだ女の子よりはましですけど」

女性にはコロナ以前、1日1万円の保証がついたが、それがなくなった。おかげで店を辞める女性も少なくないという。

ススキノの目抜き通りには、深夜でも客引きの姿があり、喧嘩も絶えなかったという。それが、久しく喧嘩も見ていないそうだ。

「寂しくなりましたね」

吉沢さんはそう言って苦笑した。

次に、ススキノで7年にわたってきしめん屋を経営している男性に話を聞いた。彼の親戚がススキノで小料理屋を経営していて、昨年、コロナに感染したという。

「昨年の3月、ライブハウスでクラスターが出たんですけど、その同じビルで親戚が小料理屋をやっていたんです。お客さんの行き来があったんでしょうね。それで感染して、結局、店を閉めてしまったんです」

ススキノでは、風俗店や飲食店など、多くの店がコロナ前の活気を取り戻せていない。きしめん屋の店主によれば、「これまでで最大の危機」だという。

一方、ススキノで働く風俗嬢たちは、どのような状況にあるのだろうか。ススキノのソープランドで働く、めぐみ(30歳)が取材に応じてくれた。

彼女が出勤する前の午前9時に地下鉄すすきの駅近くの喫茶店で話を聞いた。喫茶店にもコロナの影響があるのだろう。店内には私たちの姿しかなかった。

めぐみは、ヘルスなどを経て、ソープランドで働いている。風俗に身を置き、7年になるという。

月に600万円も“援助”する建設会社の社長

「去年は1月からすごいよかったんですけど、コロナがはやりだしてから一気に落ち込んで、5月が最悪でしたね。コロナ前は月に150万円ぐらい稼いでいたんですけど、半分ぐらいになりました」

それでも、めぐみを求める客は絶えないという。

「そうですね。関係ない人にとっては関係ないんですよ。たぶん、風邪ぐらいにしか思っていないんじゃないですかね」

コロナ以前は、外国人客の姿もあり、景気はよかったという。それが、コロナで一気に萎み、店で働く女性たちは20人以上辞めてしまったという。

「うちの店は女の子が70人ぐらいいたんですけど、稼げない人は辞めて、新たに入って来る人も多かったです。入れ替わりが激しい1年でした」

厳しい状況が続く風俗業界。めぐみのいるソープでは、どのようにやりくりしているのだろうか。

「最近になって、やっとお給料が100万円を超えるようになったんですけど、まだまだコロナ前のようにはいきませんね。なので、パパ活の真似事のようなことをしています。一応、お店では直接会うことは禁止されているので、こっそりやっています」

具体的には、どのようなことをやっているのだろうか?

「直接会ってデートするお客さんもいますけど、本州のお客さんはコロナでなかなか来られないので、会うことはせず、援助をしてもらっているんです。コロナで厳しいと言うと、お金を送ってくれるお客さんがいるんですよ。何人かに声をかけて、平均して月に100万円ぐらいになります。すごいお客さんは、月に600万円も送ってくれました」

その金額に思わず驚いた。大金を渡してくれたのは、建設会社の社長だという。ススキノのソープ嬢は、コロナ禍をしたたかに生き抜いているのだった。

八木澤高明(やぎさわ・たかあき)
神奈川県横浜市出身。写真週刊誌勤務を経てフリーに。『マオキッズ毛沢東のこどもたちを巡る旅』で第19回 小学館ノンフィクション大賞の優秀賞を受賞。著書多数。

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