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アントニオ猪木「どーですか! お客さん!」~一度は使ってみたい“プロレスの言霊”

アントニオ猪木「どーですか! お客さん!」~一度は使ってみたい“プロレスの言霊” 
アントニオ猪木「どーですか! お客さん!」~一度は使ってみたい“プロレスの言霊”(C)週刊実話Web

「元気ですかー!」をはじめ数々の印象的なフレーズを発してきたアントニオ猪木だが、迷言の類いも多く「どーですか!」もその1つ。ちなみに、ものまねなどでは「どーですか! お客さん!」として伝わるが、実のところ「お客さん」の部分は言っていない。

今年1月から入院加療していたというアントニオ猪木。発表は「腰の治療」ということだったが、実際には昨年夏にツイッターで告白した「心アミロイドーシス(心不全を引き起こすともいわれる難病)」にも関わることだったのだろう。

4月になって自身のYouTubeチャンネル『最後の闘魂』にアップした動画の中では、「なんとなく落ち着く方向で来てるんで」と病状の回復を伝えており、まずは一安心といったところだが、往時を知るファンの中には「こんな弱々しい猪木の姿は見たくなかった」という人もきっといるはずだ。

そもそも入院以前の動画にしても、テロップなしだと聞き取り難いところがあり、年齢からくる衰えは端々に見受けられた。現役引退後は「衰えた肉体は見せたくない」と、エキシビションマッチなどに臨む際にも決してTシャツを脱がなかった猪木が、ここにきて病床での素顔をさらすのはどこか納得がいかない部分もある。

とはいえ猪木側としては、YouTubeで稼がなければいけないという面もある。さまざまな格闘イベントに関わるなどして、ニューヨークの自宅と日本を行き来していた2000年代初頭、猪木の月々の生活費は500万円とも1000万円とも噂されていた。

“落日の闘魂”にファンが「NO」

往復の飛行機はファーストクラスで、日本滞在時も高級ホテルに宿泊。猪木クラスの著名人となればプライバシーや身の安全を保つために、ちょっと知人と飲食するにも一流店でないと都合が悪い。

長年スターとして崇められてきた猪木が一般人と感覚が異なるのは致し方ないところで、それは金銭面に限ったことではなく、実際のプロレスの試合においてもそうした面はあった。

プロレスラーとして全盛の頃であれば、「リング上の姿だけを見ておけ!」でファンには通用したし、そこが猪木の魅力ともなった。新間寿氏を筆頭に、モハメド・アリ戦など猪木の無謀な発想を実現にまで導く有能なスタッフにも恵まれていた。

しかし、リング上での輝きに陰りが見え始めると、そうはいかなくなる。1983年6月の『IWGP決勝リーグ戦』の優勝戦でハルク・ホーガンに失神KO負けを喫したあたりから、ファンの間にも「どうやら猪木は絶対的な存在ではないらしい」という空気が流れ、UWFとの抗争においては「前田日明との対戦を避けている」と、ネガティブな見方が強まってきた。そして、ついにファンが正面から猪木に「NO」を突き付けたのが、87年12月に発生した「両国暴動事件」であった。

それまでも、84年6月の「蔵前暴動事件」(『IWGP王座決定リーグ戦』の優勝戦である猪木VSホーガンに長州力が乱入)や、87年3月の「大阪城ホール暴動事件」(猪木VSマサ斎藤に海賊男が乱入)などがあったが、それは不透明な試合結果に対しての不満の声だった。しかし、両国暴動では試合前からブーイングが飛び交っていた点が、それらとは異なっている。

グダグダな展開にファンが激怒

この日、たけしプロレス軍団(TPG)が登場する時点から、「芸能人にお遊び気分で関わらせるな」といったファンの声は根強くあった。当初、TPGの刺客として送り込まれた謎のマスクマン、ビッグバン・ベイダーは、斎藤と組んで藤波辰巳(現・辰爾)、木村健吾(現・健悟)組と対戦する予定だった。

しかし、そこでガダルカナル・タカとダンカンのアピールに続き、TPGの指南役だった斎藤が「猪木! この男と闘え!」と挑発。これに応えて猪木が花道に姿を現したところから、会場の雲行きが怪しくなってくる。

リングに上がった猪木は、案の定「よーし、受けてやるかコノヤロー! どーですか!」と、ベイダー戦受諾への賛同を求めた。が、メインイベントに組まれていた猪木と長州の久々のシングル戦を心待ちにしていたファンからすれば、不本意なカード変更をしておいて「どーですか!」と言われても…という話だ。

ブーイングの嵐が飛び交う中、結局、猪木は長州とベイダーのシングル連戦を強行した。猪木にしてみれば「俺がやることならなんでも受け入れられるはず」という気持ちだったのだろう。また、「過去に何度もやっている長州よりも、芸能界トップのビートたけしと絡むほうが面白い」との気持ちもあったのかもしれない。

しかし、これが観客に受け入れられなかったのは、プロレスラー猪木への信頼が以前に比べて薄まっていた証拠であろう。

猪木はそんな空気を察することもなく、ベイダーに完敗した揚げ句、リングに上がって「みんな今日はありがとう」と意味不明なあいさつ。これで観客の怒りは頂点に達し、会場破壊の暴動事件に至るのであった。

《文・脇本深八》

アントニオ猪木
PROFILE●1943年2月20日生まれ。神奈川県横浜市出身。身長191センチ、体重110キロ。 得意技/卍固め、延髄斬り、ジャーマン・スープレックス・ホールド。

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