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ヤクザのおくりびと②ありったけのおしぼりであふれ出る血を拭った

ヤクザのおくりびと②ありったけのおしぼりであふれ出る血を拭った
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【不定期連載】 #①から読む

斎場に響き渡った聞きなれない轟音が銃声であることを幹部から伝え聞いた中村は、一目散に音が鳴った出入り口付近へと向かった。

喧騒に包まれる現場には、日ごろより見知っていた住吉会向後睦会の熊川邦男会長、同滝野川七代目の遠藤甲司総長が、腹などから大量の血を流して倒れていた。

当時の報道などによれば、ヒットマンは熊川会長の至近距離から銃撃。5秒ほどの間に銃弾5発を発射し、熊川会長と遠藤総長のほか、向後睦会幹部も右足に被弾した。

ヒットマンらは喪服を身にまとい、胸には住吉会の代紋が刻まれたバッジを付け、住吉会の会葬者になりすましていた。手の込んだ準備をした上で相手をきっちり仕留めるプロの“仕事”だった。

葬儀社の中村には暴力団の事情は関係ない。先ずは重傷者の応急処置だ。

「負傷者を式場に運ばなければいけない。だが、2人とも大幹部なので、稼業の人たちはおいそれと体を触ることはできない。失礼なことになるからね。だから、うちの社員2人に命令して抱きかかえさせて、そのあとに組員が運ぶようにしたんだ」

熊川会長、遠藤総長は、つい今しがたまで通夜が営まれていた会場に運ばれ、10脚ほど並べた椅子の上に横たえられた。

救急車に運び込む傍らで“新たな暴力”が

熊川会長は頭部と右腹部、遠藤総長は右胸を撃たれていた。

遠藤総長は、すでに呼吸が止まりかけた様子で一刻を争う事態だった。あふれ出る血を拭うために、中村の部下らがありったけのおしぼりを持ってきて身体を拭いたが、出血は止まらず、白いシャツの布地をただ赤く染めるだけだった。

周囲の組員たちは、いてもたってもいられない様子だが、厳しい主従関係に生きる者であるため、自らの意思で率先して動くことはできない。葬祭場の従業員たちも、当事者がヤクザなのでどうしたらいいのか分からず呆然としていた。

「こういうときに指示できるのは俺しかいない。葬祭場の人間に『救急車を呼んでくれ』と頼んだり、組員には『すみませんが、椅子を並べて。あと、おしぼりを持ってきて』とか、『救急車が来たらここに止めさせてください』なんてお願いした。組員も『よし、わかった』と動いてくれたよ」

銃撃事件発生時、2階の控室にいた西口茂男氏も突然の一大事に2人が横たわる式場へ戻って状況を見守った。

事件発生からしばらくして、ようやく救急車が来て熊川会長らを病院に搬送したが、その傍らでは“新たな暴力”が振るわれていた。

ヒットマンへの制裁だ──。

ヤクザのおくりびと#③に続く

ヤクザのおくりびと②ありったけのおしぼりであふれ出る血を拭った

中村和男(なかむら かずお)
東京・杉並で二代続く葬儀社を営む家庭で生まれ育つ。大学卒業後、20代で自らの葬儀社『日葬祭典』を創業。1970年代に、後の住吉会総裁となる西口茂男氏の知己を得て、同氏が率いていた住吉会向後一家(当時)関連の葬儀に携わるようになる。以降、住吉会葬や関東二十日会葬まで執り行い、〝住吉会指定葬儀社〟を自負する「ヤクザのおくりびと」
ブログ『日葬祭典 回想録』

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