原めぐみ (C)週刊実話Web
原めぐみ (C)週刊実話Web

アイドルだったのに体がイヤらし過ぎて…~歌手、元アイドル/原めぐみインタビュー

松田聖子をはじめ、女性アイドルの当たり年だった〝黄金の1980年組〟。原めぐみも同年『ボーイハント』でデビューしてアイドルの仲間入りを果たしたが、ブレークとまではいかなかった。92年の結婚を機に、いったんは引退し、2009年に芸能界復帰。現在はライブ活動のみならず、舞台やテレビドラマなど、さまざまな分野で活躍中だ。そんな彼女が、アイドル時代のヒミツを暴露する!!


【関連】『国民的美少女』だった小田茜が“激変”!ファン悲鳴「全然イメージが違う…」 ほか


――原さんは〝黄金の80年組〟。同期には松田聖子さんをはじめ、そうそうたる顔ぶれが並びますね。


原 そうなんです。柏原芳恵さん、河合奈保子さん、三原じゅん子さん…、男性だと田原俊彦さん、近藤真彦さん。本当にすごかった。おかげで私は埋もれちゃいました(笑)。


――共演の思い出は?


原 芸能人水泳大会とかではみなさんとご一緒してましたよ。当時の動画も残っていて、最近も2回ほどバラエティー番組で流されてました。私とシブがき隊のヤックン(薬丸裕英)があっち向いてホイをやってるシーンで、ワイプの中では(中森)明菜ちゃんが『少女A』を歌ってるんです。で、「明菜ちゃんがぞんざいに扱われている」というツッコミが入る展開。私がメインで出てちゃいけないの? と、私の方こそ突っ込みたくなりますよね。


――当時はどんな水着?


原 ビキニでした。


――のちのち、「水着で歌うことはイヤだった」と述懐するアイドルも多いのですが、どんな気分でした?


原 私は気にしてませんでした。だって、デビュー曲の歌詞が♪黄色いビキニちらつかせて~なんですから。それどころか、『平凡パンチ』では手ブラのグラビアもやってたんです。それがカレンダーになったり、胸だけとか腰だけの実物大写真集が出たりもしました。


――当時は胸推しだったわけですね?


原 そういうことではないんですけど、どちらかというと大きい方ではありました。私のことが書かれた記事には必ず「ボイン」と形容されてましたから。ただ、河合奈保子さんには敵いませんでしたね(笑)。

道行く人がみんな痴漢に見えた…

――エッチな目で見られるのはどうなんですか?


原 あんまり考えたことはないんですけど、「どうして私はこんないやらしい体に生まれたんだろう」とは思っていました。本当はアイドルらしくフリフリの衣装を着たいのに、何を着てもいやらしくなってしまうんです。もっと困ったのは、体がエッチだから、そういうことが好きなんだろうと思われて、いろんな男の人が言い寄ってきたことです。でも、実はそういうことが好きじゃないタイプだったみたいで、官能小説みたいな世界とは全く無縁でした。


――アイドルでデビューする前は高校時代から芸能活動(NHK『600こちら情報部』レポーターなど)をしていたんですよね?


原 はい、そうです。当時は電車で通っていたんですが、必ずと言っていいほど痴漢に遭っていました。隣の車両に逃げ込むと、そこにも痴漢がいて、3車両連続というのもありました。


――胸に来る?


原 お尻が多かったですね。中にはつけ回してきて「お茶でも」と誘われることなんて度々。


――痴漢を寄せ付ける体なんですね。


原 そう、寄せ付けてしまういやらしい体なんです(笑)。道行く人がみんな痴漢に見えた時期もありました。そういうこともあって、もともと淡泊だったのかもしれないですね。


――現在61歳ですが、今も現役ですか?


原 わぁ、そういうことも聞かれるんですか? 全然です。今は毎日清らかにすごしています。


――せっかくのいやらしい体なのに…。


原 自分でも、ちょっともったいないかなぁと思うことはありますね。いまだに、しょっちゅうナンパをされますし、お風呂上がりに全身を鏡に映しながら「まだまだイケてるよねぇ」って思うことも(笑)。


――体形維持の努力は何をしていますか?


原 スポーツジムに通うことくらいですね。あとは若返り効果があるといわれるサプリを飲んでいます。でも、本当はそういう行いをした方が手っ取り早く若返るんでしょうね。ただ、こういう話をすると「意外だなぁ」とか「もったいないなぁ」と無責任に言われるんですけど、だったらなんとかしてよ!って話ですよね(笑)。

私は音壁アイドルとも呼ばれています!

取材当日はお気に入りの60年代風ファッションで現れた原。当時の楽曲が好きでライブでもよく歌うそうだが、プライベートではクラシック系の家具が大好き。趣味が高じて現在はインテリア雑貨の通販サイト(グレースノート)を営む実業家でもある。


――引退前の話ですが、86年にCBSソニーの酒井政利プロデューサーに見出されて「原江梨子」に改名、再デビューされてますね。


原 はい。あれは天にも昇る気持ちでした。事務所(キティアーティスト)も文句なく大きいし、酒井さんは山口百恵さんや郷ひろみさんを売り出した方ですから、鳴り物入りの再デビューだったんです。「これで売れなかったらあなたのせいですよ」くらいに言われて。あっははは。なのに、売れなかったんですよ(笑)。


――それで事務所をアクターズプロモーション(当時)に変えた。


原 テレビやラジオなど、色々なお仕事をたくさんいただきました。


――どんな政治力を使ったんですか? もしかして…。


原 何も使ってないですよぉ。当時の番組スポンサーさんの関係だと思います。


――芸能界復帰のきっかけは?


原 08年にソニーから発売された『音壁JAPAN』がきっかけで、翌年には28年ぶりの新曲を出すことになったんです。私は音壁アイドルとも呼ばれています。


――音壁とは?