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『センチメンタルジャーニー ある詩人の生涯』(草思社文庫:北村太郎 990円)本好きのリビドー/悦楽の1冊

『センチメンタルジャーニー ある詩人の生涯』(草思社文庫:北村太郎 990円)本好きのリビドー/悦楽の1冊 
『センチメンタルジャーニー ある詩人の生涯』(草思社文庫:北村太郎 990円)本好きのリビドー/悦楽の1冊

俳句や短歌なら好きな作品のいくつかを指折り数えられても、いわゆる〝現代詩〟は長らく苦手だった。

第一、あの妙に勿体ぶって、余白をたっぷりとった分かち書きの形式からして、クサくて、お寒くて、こっ恥ずかしいことこの上ない。特に戦後詩と称される奴は一部の例外を除いて最たるもので、単なるメッセージ(反戦とか)以下の代物がどれだけ悪目立ちし、かつ過大評価にまみれているか。

芸人で例えれば、舞台でひと笑いも取れないくせに、何かと能書きだけは垂れたがる輩に限って、起きて口にする寝言のごときポエトリーリーディングに逃げるのはよく見る光景。そりゃ、楽だろう、ウケなくたって誰にも咎められずご満悦になれるんだから…と実は小馬鹿にしてきたが、ねじめ正一の小説『荒地の恋』(文春文庫)の圧倒的な面白さに俄然、認識を改めた。

暗号めいた遊びが興味深い

「言葉なんかおぼえるんじゃなかった」の一節が文学史に残る詩人・田村隆一と10代からの親友でやはり詩人の北村太郎。50の坂も過ぎ、妻子ある定年間近の彼がよりによって田村の妻と電撃的な肉体関係に陥ってしまう。しかし、自分で後ろめたさを感じるほど寡作だった彼に、会社と家庭から去った瞬間に詩想が湧き降りてくる――以後の展開が息もつかせぬ豊潤さ。その北村本人の自伝にして遺著となったのが本書だ。

語り起こしを元にした後半では、件の恋愛沙汰についても率直に触れられるが、解説によればその頃の著者が詩に潜ませた暗号めいた遊びが絵解きされてさらに興味深い。思えば詩だけでは食えず、新聞社に勤め、副業で翻訳もこなした詩人に、売れない一芸人の身として、むしろ親近感を抱くべきなのかも。鮎川信夫や黒田三郎など同時代の詩人の作品にも改めて触手が伸びそう。

(居島一平/芸人)