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江夏豊“快速球を投げ込むような攻め”~灘麻太郎『昭和麻雀群像伝』

江夏豊
江夏豊 (C)週刊実話Web

記録に残る選手、あるいは記憶に残る選手という分類が、スポーツ界には存在する。プロ野球選手に置き換えるなら、前者の代表が王貞治で後者は長嶋茂雄だろう。全盛時代のONと何度となく対決した阪神タイガースの江夏豊の場合は、記録においても、また、記憶においても傑出した大投手であったと思う。

入団2年目の1968年9月17日、2位阪神が首位巨人を地元甲子園に迎えた4連戦の初戦は、阪神が逆転を懸ける大一番であると同時に、江夏にとっても2つの大記録がかかっていた。

1つは金田正一の持つシーズン350個のセ・リーグ奪三振記録であり、もう1つはパ・リーグの稲尾和久が持つ353個の日本記録である。試合前に〝ダンプ〟というあだ名で知られる捕手の辻恭彦と、こんな会話を交わした。

「豊、今日は三振取るぞ」

「よう分かっとります。でも、新記録だけは何としても王さんから取りますよ」

3回表、まず高橋一三から351個目の三振を奪いセ・リーグ記録を更新。次の4回表には土井正三から352個目、王から日本タイとなる353個目の三振を奪った。だが、ベンチに戻った江夏は「しまった!」と激しく動揺する。

実は、江夏はこの三振を日本タイではなく新記録と勘違いしていたのだ。つまり、日本新となる354個目を王から奪うためには、再び王に打順が回るまで1つも三振を奪えない。三振を狙うことは可能であっても、8人の打者に1つも三振させないように投球する…そんな芸当が果たしてできるのか。

しかし、そこからが江夏の真骨頂である。4番の長嶋から2番の土井まで、8人のバッターを三振ゼロ、1安打、7凡打に仕留めてみせた。そして7回表、会心のストレートで王を斬って取り、記憶にも残る奪三振日本記録を成し遂げたのだった。

現役時代を彷彿とさせる流麗なフォームで摸打

新人時代の江夏は、当時の監督だった藤本定義にかわいがられており、藤本は江夏に野球界の昔話をいろいろ聞かせるのを好んでいた。江夏は陰で藤本のことを「おじいちゃん」と呼んでいたが、その藤本が、オールスターゲームで江夏を3連投させた巨人の川上哲治を見るや、ベンチに呼び出した。

そして「おい、哲! うちの豊を乱暴に使いよって、この馬鹿者!」と、普段とは別人のような剣幕で叱り付けたのだ。他球団の、しかも大監督である川上が直立不動の姿勢で、好々爺の藤本に怒鳴られているのを目の当たりにした江夏は、心底驚いたという。

藤本の退団後もこの関係は続き、のちに江夏が南海ホークスへトレードされた際には、藤本はショックを受けて号泣し、体調を崩してしまうほどであった。

また、広島カープ時代に江夏が自身初となる優勝を決めた際には、すでに高齢であったにもかかわらず、広島のベンチ裏まで駆け付けて「本当によかったなあ! おめでとう」と、涙ながらに祝福したという。

赤ヘル黄金時代の礎を築いた江夏は、日本ハムファイターズに移籍すると〝優勝請負人〟と呼ばれるほどの活躍を見せた。しかし、その後に移籍した西武ライオンズでは、広岡達朗監督とまったくソリが合わず、日本での現役引退を表明。メジャーに挑戦した後、85年に完全引退し、野球評論家として活動する傍ら、タレント、俳優に挑戦して注目を浴びた。

江夏は麻雀の摸打も左手で行う。現役時代を彷彿とさせる流麗なフォームで、雀風は典型的な攻め麻雀。ズバズバと〝快速球〟を投げ込んでくる。

「自分は、ほかにコレといった趣味がないんですわ。こう見えても酒は1滴も受けつけんのです。付き合いでクラブに行っても、オレンジジュースばかりで」

唯一の息抜きであり、趣味と言えるのが麻雀なのだ。投手としての晩年はスピードに頼らず、変化球を交えた技巧派に転身したが、麻雀はストレート一本槍。失点も多いが回復力があるから、逆転サヨナラ勝ちも少なくない。

プロに真剣勝負を挑む腕前

麻雀プロの鈴木ヒロシが現役時代からの知り合いで、鈴木がメンバーを集めてよく打っていたという。あるとき「江夏が灘プロと打ちたいというので、ぜひ…」ということで、待ち合わせの雀荘に向かった。

灘「球界の人とは打たないんですか?」

江夏「球界はレベルが低いですからねぇ。今は現役を引退したことだし、一流の麻雀プロと卓を囲みたいんですわ…」

そして、麻雀開始。1回戦、2回戦と江夏が連続トップ。3回戦目、オーラスで3着の私が、7巡目、チャンタ、ペン三索待ちで三色のテンパイをリーチ。さらにトップ走者の親が、次巡ペン三万でリーチ。

並みの打ち手なら「2人で勝負してもらおうか…」とオリるところだが、2着に付けていた江夏の打法は違った。真っすぐ勝負にきて、ヤミテンでも満貫の手をテンパイするや即リーチとストレートの勝負。結果、私が七万をツモ切って放銃し、江夏が逆転トップを収めることになった。

現役時代、世界のホームラン王を生涯のライバルと見定めていたのと同様に、ユニホームを脱いで麻雀を打つ場合においても、麻雀プロと卓を囲むのが楽しみらしい。

江夏は何歳になろうとも、その道の第一人者に対して闘いを挑み続ける。そんな不屈の闘志こそ、彼の最大の魅力ではないだろうか。

(文中敬称略)

 

江夏豊(えなつ・ゆたか)
1948(昭和23)年生まれ。67年にドラフト1位で阪神入団。最多勝利2回、最優秀救援投手5回、シーズン401奪三振など数々の記録を樹立した球界を代表する左腕投手。引退後は野球評論家の他、タレントとしても活躍。

灘麻太郎(なだ・あさたろう)
北海道札幌市出身。大学卒業後、北海道を皮切りに南は沖縄まで、7年間にわたり全国各地を麻雀放浪。その鋭い打ち筋から「カミソリ灘」の異名を持つ。第1期プロ名人位、第2期雀聖位をはじめ数々のタイトルを獲得。日本プロ麻雀連盟名誉会長。

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