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ハヤブサ「お楽しみはこれからだ!」~一度は使ってみたい“プロレスの言霊”

ハヤブサ
ハヤブサ(C)週刊実話Web

「不死鳥復活」を待ち望むファンの願いもむなしく2016年3月3日、くも膜下出血で亡くなったハヤブサ(本名・江崎英治)。享年47。高難度の飛び技を使いこなし、華麗なる天才のイメージも強かったが、そのレスラー人生は艱難辛苦がつきまとうものだった。

在りし日のハヤブサが、試合後のマイクパフォーマンスなどで使っていた「お楽しみはこれからだ!」の決め台詞は、もともとは戦前の映画『ジャズ・シンガー』においてのフレーズである。

映画から直接引用したのか、それとも他の何かから孫引きしたのかは分からないが、いずれにせよスタイリッシュなマスク&コスチュームのハヤブサにこそ、ふさわしい言葉であったに違いない。凡百のレスラーならば、きっとこのような台詞はキザに映りすぎてしまったことだろう。

1994年4月、ジュニアヘビー級の多団体対抗戦『スーパーJカップ』に参加したハヤブサは、そのトーナメント1回戦において、トップレスラーへの足がかりをつかむ。場外の獣神サンダー・ライガーに向けて、入場コスチューム姿のまま、トップロープ越しのトペ・コンヒーロを放っていったのだ。

赤を基調とした着物風のガウンが、ふわりとはためいた幻想的な瞬間は、プロレス史においてもかなり上位にランクされるほどの美しさで、その後のハヤブサのイメージを決定付けるものとなった。

とはいえ実際のプロレス人生は、そんな華麗な姿とは裏腹の、むしろ泥くさいものであった。ハヤブサが入門したFMWは、言うまでもなく大仁田厚の起こしたプロレス団体であり、そもそも大仁田が華麗とは真逆の存在。汗と涙、デスマッチでの流血こそが、その真髄だった。

辛口のジャイアント馬場も満足のファイト

95年5月に大仁田が二度目の引退をして、ハヤブサがその後継者となってからは、そんな大仁田の残したイメージとも闘っていかねばならなかった。

格好よさだけでは、それまでのFMWファンを満足させることはできない。そのため、ハヤブサ自身もデスマッチに挑み、凶器使用やストリートファイトもOKという過剰なスタイルを追求した。また、その中においては、デスマッチを上回るほどのド派手な空中技を繰り出したりもした。

しかし、華麗と過激という両極端のファイトを同時進行していくうちに、ハヤブサは満身創痍となり、手術のために長期欠場を余儀なくされることもあった。

みちのくプロレスや全日本プロレスなどの他団体へ参戦した際に求められるのは、やはり華麗さであり、ハヤブサはそれに応えるファイトに終始した。その闘いぶりは、基本的に辛口のジャイアント馬場をも大いに満足させるほどだった。

一方で、FMWに戻れば大仁田の復帰や冬木弘道の台頭などによって度々の路線変更がなされており、そうした中でハヤブサは、一時的にマスクを脱いでH(エイチ)を名乗るなど試行錯誤を繰り返した。

外では全日の四天王やWARの天龍源一郎といったトップどころと闘いながら、自団体ではエンタメ路線によって、AV女優ら素人の相手をすることもあった。

衛星放送の「ディレクTV」がスポンサーになったことで、FMWの経営が安定したこともあったが、それも長くは続かず、実質的に団体のエースだったハヤブサとしては、その責任を背負って思い悩んだことも少なからずあっただろう。

アクシデントで頸椎損傷の重傷

そんな心身ともにギリギリの状態で闘い続ける中、さらなる過酷な試練が降りかかる。

01年10月22日、後楽園ホール大会。ラ・ブファドーラ(リング内の相手へのムーンサルト・アタック)を仕掛けようと2段目のロープに足をかけたハヤブサは、誤って足を滑らせて首からリングに落下。頸椎損傷により全身不随の重傷を負ってしまったのだ。

それから程なくしてFMWも崩壊。お先真っ暗で一時は自死も頭をよぎったという。

しかし、それでもハヤブサはくじけなかった。懸命のリハビリによってわずかながらも回復すると、車椅子姿でイベントなどに参加するようになり、その際には決まって「お楽しみはこれからだ!」と己を鼓舞するかのように叫び続けた。

14年には松葉杖を使いながらも自力歩行ができるまでになり、「5年後のレスラー復帰」を力強く宣言。ハヤブサの本質は、実は華麗さにあるのではなく、こうしたリハビリ時に見せた努力と根性、精神力の強さにこそあったのではなかったか。

もし、ハヤブサが怪我なく順調なレスラー生活を送っていたならば、と想像する――。

従来のスタイルにFMWでのさまざまな試行錯誤を融合させ、いざというときにはド根性を発揮。どんなスタイルもこなしつつ最後は華麗に決めてみせるという、まったく新しいスター像をつくり上げていたのではないか。

こうしてみると「お楽しみはこれからだ!」とは、決してシャレただけの言葉ではなく、実は新たな進化への誓いを込めたものだったのかもしれない。

《文・脇本深八》

ハヤブサ
PROFILE●1968年11月29日生まれ~2016年3月3日没。熊本県八千代市出身。身長183センチ、体重85キロ。得意技/ファイヤーバード・スプラッシュ、フェニックス・スプラッシュ、ファルコン・アロー。

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