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北朝鮮の“女帝”・金与正が韓国に向けて放ったすさまじい「罵詈雑言」集

Alexander Khitrov / Shutterstock.com

北朝鮮は3月25日、約1年ぶりに短距離弾道ミサイル(SRBM)を発射した。韓国の文在寅大統領は、北朝鮮に自制を求めたが、金正恩総書記の妹・与正副部長は5日後の30日、「厚かましさの極み」と反発。アメリカの主張にそっくりだとして、文氏を「アメリカ産のオウム」と揶揄した。

与正氏が韓国や文氏をののしるのは、今に始まったことではない。2020年5月に韓国の脱北者団体が、北朝鮮に向けて《正恩氏と与正氏の兄妹は不倫の子》《2人の母は在日朝鮮人》などと記した批判ビラを飛ばした際には、文氏を「ムカつく!」「吐き気がする」「生まれつきのバカ」などと、徹底的に罵倒している。

金一族の秘密を暴露され、怒りが収まらない与正氏は、さらに「人間のクズが人間の真似をしている。汚い口で吠え立てる野良犬と同じだ」と、凄まじい暴言を放っている。

極め付きは同年6月、与正氏を「爆破女王」と命名するに至った一件。韓国国民の税金で造られた開城の南北連絡事務所を爆破した直後、文氏を「下水に落ちて、じたばたしている」などの表現で、痛烈にこき下ろしたのだ。

また、今年1月に韓国の合同参謀本部が、北朝鮮の軍事パレードについて談話を発表した際にも、与正氏は「まったく理解できない奇怪な者たち」「行動をわきまえない特級の愚か者」と、嫌悪感をあらわにしている。

「もともと北朝鮮では、日常生活においても言葉遣いが荒いという指摘がある。住民は悪気なく、『目玉を引っこ抜いて卓球の球にしてやろうか』とか『あばら骨の順序を入れ替えてやろうか』などと言い合っています。しかし、党指導部の人間が公式談話で、罵詈雑言を連発するというのは穏やかではありません」(北朝鮮ウオッチャー)

悪口の裏に隠された意図とは…

韓国では3月30日、南北境界地域でのビラの散布などを規制する「南北関係発展に関する法律」の一部改正案が施行された。この通称〝与正下命法〟に対しては、米バイデン政権も「韓国の重大な人権問題の一つであり、表現の自由に対する制約である」と指摘している。与正氏の毒舌は、北朝鮮にとって都合がいい結果をもたらしているのだ。

「北朝鮮側の放つ挑発的なコメントに、必要以上に反応する必要はないと思いますが、北朝鮮の軍事戦略を知るためには、悪口の裏に隠された意図を読み取らなければならない。悪口は一種のシグナルなのです。ですから、あまり深読みすると、与正下命法のように相手の思うつぼにはまってしまいます」(同)

実は正恩氏、与正氏の配下には、こうした罵倒表現を考案している専門チームがあるという。

「与正氏の毒舌は、仮想敵の弱みを突く高度に計算されたものです。相手に心理的ダメージを与えて混乱を招き、政策を北朝鮮に都合よく変えさせることが、専門チームの狙いです」(国際ジャーナリスト)

3月30日に与正氏が文氏を罵倒したコメントには、大きな意味が隠されていた。

北朝鮮は18年、米国のトランプ前大統領との駆け引きで、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験を自主的に中断した。そのことを踏まえ、韓国側の探知をくぐり抜けて目標に打撃を加えることができる、精密誘導型ミサイルの実戦配備を加速させている。

一方、韓国は17年に米国との間で、弾道ミサイルの弾頭重量制限を撤廃する合意を交わしたため、北朝鮮による攻撃の兆候を察知した際、すぐさま先制攻撃するか、あるいは北朝鮮指導部を〝抹殺〟することを目指す、より性能の高いSRBMの導入を進めている。

ミサイル戦力の拡充をめぐってデッドヒート

「結果、両国にはさまざまなSRBMが配備されつつありますが、現在、北朝鮮は戦術核兵器の戦力化目前という段階まで達し、一歩抜け出した感がある。与正氏の一連の毒舌は、ともすれば一挙に片を付けられるという、文氏に対する自信の表れだと思います」(朝鮮半島の情勢に詳しい軍事アナリスト)

昨年、韓国の鄭景斗国防相(当時)は、射程距離800キロ、搭載弾頭重量2トンという『玄武4』ミサイルに言及し、「韓国は朝鮮半島の平和を守るために十分な射程と、世界最大級の弾頭を備えたミサイルを開発した」と大見得を切った。

先の与正氏による3月30日の談話でも、この鄭氏の発言が引き合いに出され、北朝鮮が自前のミサイルを開発することの根拠にしている。文氏の自制を促す発言について、与正氏が「厚かましさの極み」と断じたのもそのせいだ。

「今回の北朝鮮によるSRBMの発射実験は、韓国の『玄武4』を上回るミサイルを保持していると、韓国側にアピールする狙いがある。一方の韓国メディアは、北朝鮮の潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)開発に対抗して、年内にも韓国初となる水中発射実験を行うと報じている。両国はともに新型とみられる兵器開発を進めており、特にミサイル戦力の拡充をめぐってデッドヒートを繰り広げています」(同)

北朝鮮はミサイル開発の目的は「自衛」にあり、韓国と米国による合同軍事演習や兵器供与などの敵視政策が、北朝鮮の安全を脅かしていると非難している。

こうして半島情勢を俯瞰して見ると、与正氏がなんら軍事知識を持たず、やみくもに韓国を罵倒しているわけではないと分かる。

すべては計算ずくだ。
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