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神戸山口組“緊急執行部会”の裏側――発足メンバーの奥浦顧問が引退

神戸山口組“緊急執行部会”の裏側――発足メンバーの奥浦顧問が引退
神戸山口組“緊急執行部会”の裏側――発足メンバーの奥浦顧問が引退 (C)週刊実話Web

神戸山口組から、また一人、直系組長が去った。発足当初からのメンバーであり、顧問として重責を担ってきた奥浦清司・奥浦組組長(東大阪)の引退が、4月2日に決定したのだ。

「3月下旬ごろから、引退の噂が飛び交っとったんや。奥浦顧問が神戸山口組執行部に意向を伝え、奥浦組内でも周知の事実やったらしい。77歳で年齢も年齢やし、体調も思わしくなかったようや」(ベテラン記者)

神戸山口組では4月2日に極秘で執行部会を開いたという。その後、引退が正式に決まったと広まったため、会合では奥浦顧問の申し出について、最高幹部が話し合ったとみられた。

「執行部会の開催時期やないから、緊急で行われたのかもしれん。本人の申し入れから決定までに時間が掛かったんも、井上組長らと共に六代目山口組を離脱し、これまで尽力してきた奥浦顧問が、神戸山口組にとって無くては無らん存在やった証拠や。顧問いうポジションは通常、高所から組織を見守る立場やが、渡辺芳則組長の五代目山口組時代からの直参としてのキャリアや豊富な経験を持つ奥浦顧問は、執行部の一員として組織運営の一翼を担っとったからな」(同)

生まれ育った土地で渡世を張ってきただけに、地元では古くから知られた顔役で、カタギに親しまれる存在だという。ただ、警察当局は奥浦顧問引退後の神戸山口組の〝内政〟を注視しているようだ。

「ここ数年、相次いで神戸山口組の執行部メンバーが辞めとる。太田守正元舎弟頭補佐(引退)、中田浩司元若頭代行、剣政和元若頭補佐(引退)が組織を離れ、昨年末には毛利善長本部長が亡くなった。池田孝志元最高顧問も脱退し、正木年男元舎弟も引退して、発足時の直系組長は、今はもう半分もおらんようになった。ここへきて奥浦顧問の引退やから、体制に影響がないとは言えんやろ」(同)

地下潜伏化も囁かれた神戸山口組

しかし、神戸山口組は新たに体制を組むなどして方針を貫き、六代目山口組への臨戦態勢を変えずにきた。

「副組長に入江禎・二代目宅見組組長(大阪中央)、若頭に寺岡修・俠友会会長いうんは、神戸山口組発足時からの体制やし、井上邦雄組長の意を一番汲んどるんと違うか。その〝代償〟は免れんかったが…」(関西の組織関係者)

当初、神戸山口組の本部は寺岡若頭率いる淡路島の俠友会事務所に置かれていた。しかし、平成29年、住民から委託された暴追兵庫県民センターによって、神戸地裁に事務所への使用禁止の仮処分が申し立てられ、閉鎖となった。

その後、特定抗争指定が決定し、兵庫県内では神戸市、淡路市などが警戒区域に指定され、入江副組長が本拠を構える大阪市も指定されたことで、活動が著しく制限されたのである。

「抗争の〝代償〟として拠点を奪われたんは、六代目山口組も同じことやったが、直系組織の数に差がある。どこで会合を開いとるんか、警察ですら把握が困難になっとるやろ」(同)

一部では、神戸山口組の地下潜伏化も囁かれた。しかし、特定抗争指定によって活動が制限され、組織の運営自体が不透明になったためであり、実際には少人数でのブロック会議などで連携が図られていたのだ。

「まだ淡路島で定例会が行われとったとき、『敵は弘道会』いう内容や『終生、六代目山口組に戻ることはない』いう方針が示された。年月とともに体制は変わっていくもんやが、その方針に変わりはないはずや」(同)

神戸山口組の直系組長は全15人に

実際、一部の直系組長らは、車両での移動の際なども、警戒態勢を続けているという。

「事前に決まっとった兵庫県内での会合場所を、急きょ変更したこともあったんや。それは、情報が抜けて(漏れて)いる可能性も含めて、用心したんやと思うで」(前出・ベテラン記者)

約4年前となる平成29年6月には、四代目倉本組(津田力組長=和歌山)系組長らによって、井上組長の兵庫県内にある別宅への発砲事件が発生。当時、井上組長は勾留中でケガ人も出なかったが、〝警告〟の意味が込められていたことは明らかだった。

さらに一昨年、髙山清司若頭の出所前後に神戸山口組への攻撃が相次ぎ、同11月には古川恵一幹部が射殺された。六代目山口組が敵意をむき出しにしたのだ。

実行犯である二代目竹中組(安東美樹組長=兵庫姫路)の所属だった朝比奈久徳元組員は、公判で複数の神戸山口組直参も〝ターゲット〟としていたことを明かしている。しかも、トップである井上組長も、その対象だった。

「倉本組系組長らによる井上組長の別宅への発砲事件は警告レベルだったが、朝比奈元組員は直接的な危害を加えようとしていたことになる。結局、井上組長のガードが厳重で断念しているが、分裂以後、トップへの犯行計画が表沙汰になったのは初めてだったため、驚きを隠せなかった。神戸山口組とて、こうした現状を踏まえているからこそ、日頃から厳重な警戒態勢を敷いているのだろう」(業界ジャーナリスト)

奥浦顧問の引退によって、神戸山口組の直系組長は全15人となったが、依然として抗争状態にあり、緊張が続いている。当の井上組長が近しい関係者に「最後まで戦い抜く」と心情を語ったとされ、両山口組の命運を懸けた戦いは、まだ終わりが見えていない。

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