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決定的「竹下侮れず」の場面とは?田中角栄の事件史外伝『宿命の二人――竹下登との“人たらし比べ”秘録』Part8~政治評論家・小林吉弥

衆議院議員、自民党、首相=1973(昭和48)年8月5日撮影(C)共同通信社

「もしも〝竹下政治〟という言葉があるとすれば、何事も『説得しつつ推進し、推進しつつ説得する』ことに徹しているということだわね。政権運営、法案への対応、すべてその姿勢でやってきた。まぁ、田中(角栄)さんとは、そのあたりのスピード感が大きく違う。田中さんは大将として軍扇を高々と掲げ、それに基づいて田中派の有力議員が一気に動いて事を前に進めていた」

竹下登は首相の座を降りて1年ほど経ったあと、筆者のインタビューにこう答えたことがある。

「政界のおしん」と言われたように、ひたすら事を急がずに辛抱、我慢を続けた。その一方で先の言葉にあるように、目標達成のためには与野党問わず言い分を聞き、全精力を使って説得することで、結局は「落とすところに落とす達人」「調整名人」の名を欲しいままにしたのだった。

そうした「竹下流」の集大成は、竹下内閣の発足から2年足らずの短期間で「消費税」導入を結実させた過程で見ることができる。それまで数代の政権が、国民の反発から「消費税」導入を成し得なかった。竹下は政権を取る8年前から、すでにこの大仕事を落とすところに落としてみせる決意を固めていたのだった。

その〝足跡〟は、こうであった。

昭和54(1979)年11月、時の大平正芳首相は、その第2次内閣で竹下を大蔵大臣に起用、折からの財政再建の柱として新税、すなわち間接税としての「一般消費税」導入を策していた。もとより新税の導入は増税であり、国民はもちろん、自民党からの反発も強く、とりわけ野党は「一般消費税廃止」の国会決議の動きまで示していた。国会決議が成されれば、間接税導入の芽は完全につまれることになる。

自ら政権を取って実現させた「消費税」

ここで竹下の頭のよさと、得意の調整名人ぶりが垣間見られた。竹下は自民党内から野党まで、自ら影響力を駆使できる人脈をフル活動させ、説得の揚げ句、国会での「一般消費税廃止決議」を「財政再建決議」と文言をすり替えさせた。そして、この決議を通すことで、まず間接税導入への道筋を残すことに成功したものだった。

しかし、この大平内閣は大平の急死によって倒れ、そのあとの鈴木善幸内閣では竹下は蔵相をはずれた。しかも、鈴木首相の指導力不足もあって間接税導入には動けず、しばらくの頓挫を余儀なくされた。

竹下は鈴木内閣のあとの中曽根康弘内閣で、再び蔵相のイスに座った。連続4期に及ぶ中曽根内閣において竹下蔵相は、ここで改めて「一般消費税」から「売上税」と〝改名〟された間接税導入に向き合うことになった。ここでは、何ともしたたかな「竹下流」を見せつけたのであった。

なぜなら、竹下はここで「売上税」導入へ直進せず、実現への目線をさらに先の自らが政権を取ったときと定め、中曽根内閣ではそのための礎石を一つずつ積み重ねたのである。

まず、「中曽根行革」を借り、蔵相としての「財政再建」を掲げた。予算編成では各省庁の概算要求の段階から、増額をゼロとする「ゼロ・シーリング方式」を断行、医療費の適正化などにも動いた。

一方で、日本電電公社、日本専売公社、日本国有鉄道の民営化により、それらへの国庫補助率を一律引き下げることで、「財政再建」の必要性を国民、与野党に強くアピールする手法を取ったのだった。そして、自ら政権を取って実現させることになる「消費税」導入だったのである。

決定的「竹下侮れず」の場面

こうした「竹下流」について、竹下政権下で側近の一人でもあった渡部恒三(元衆院副議長)が、次のように述懐してくれたことがあった。

「8年間かけた消費税導入の過程に、竹下さんの調整力の凄さが詰まっていた。根回し、気配り、我慢、度胸、すべてが並ではなかった。自らよく口にしていた『汗は自分で、手柄は人に』の実践で、野党にも適当に点数をかせがせてもいた。恥をかかせていない。そのうえで、あのノラリクラリの『言語明瞭、意味不明瞭』な答弁も、あとで速記録を読んでみると、ピシリと自らの〝落としどころ〟を譲っていない。凄いリーダーシップとしか言いようがない。

私は、田中(角栄)さんが本当に竹下さんへの警戒感を強めたのは、この蔵相としての消費税導入への取り組み方ではなかったかと思っている。自分の政治手法には自信満々だった田中さんだったが、このときに『竹下侮れず』が脳裡に強く焼きついたのではということだ。より田中さんの竹下さんへの〝近親憎悪〟が高まった瞬間だったとみている」

最後まで相入れなかった田中と竹下だが、共に母の教えを遵守しての政治姿勢、手法だったことが面白いのである。

(本文中敬称略/Part9に続く)
【小林吉弥】=早大卒。永田町取材50年のベテラン政治評論家。抜群の政局・選挙分析で定評がある。著書に『高度経済成長に挑んだ男たち』(ビジネス社)、『21世紀リーダー候補の真贋』(読売新聞社)など多数。最新刊に『新・田中角栄名語録』(プレジデント社)がある。