エンタメ

『夕暮の緑の光 野呂邦暢随筆選』(みすず書房:岡崎武志編 本体価格2800円)~本好きのリビドー/悦楽の1冊

『夕暮の緑の光 野呂邦暢随筆選』(みすず書房:岡崎武志編 本体価格2800円)~本好きのリビドー/悦楽の1冊
『夕暮の緑の光 野呂邦暢随筆選』(みすず書房:岡崎武志編 本体価格2800円)~本好きのリビドー/悦楽の1冊

筆者の手元に古代史研究誌『季刊邪馬台国』の1980年7月号がある。この号がひときわ哀しいのは、かつて『まぼろしの邪馬台国』がブームとなった宮崎康平の追悼特集が組まれていながら、同時に、当時42歳の若さで急逝した編集長の野呂邦暢を偲ぶ座談会も掲載されている異様さだ。

実家の経済事情から進学を諦め、陸上自衛隊に入隊後の体験を綴った『草のつるぎ』で芥川賞を受賞した彼。故郷・長崎の風土を愛し、歴史に密着して、ある時は丹念に仕上げた織物のような、ある時は刀鍛冶が精魂込めた銘刀のごとき作品を残したこの作家の随筆集が復刊した。涼しいデザインの装丁も素晴らしい。

記憶のみで書くが、山口瞳のエッセイに、生前の向田邦子が意外にも山本周五郎を認めなかったのに驚いた旨の記述があった。でも、それに続くのが確か、現役の同業者でいえば「彼」の文章なら、小説はもちろんどんな雑文なり、たとえ片言隻句の類でも一行も余さず読むわ、の台詞のはずで、天下の向田女史をしてそこまで言わしめた「彼」こそ野呂邦暢だと聞けば、未知の読者の興もさらに乗るだろう。

淡い色彩の静物画を眺めるのに似た読後感

何の予備知識もなしの旅先でふらりと入ったひなびた喫茶店で、たまたま見かけただけなのに妙に眼に焼き付いて離れない、淡い色彩の静物画を眺めるのに似た読後感に充たされる粒ぞろいっぷり。中でもお勧めは「読み書きを業としている者が趣味は古本屋がよいです、というのは気がひける。/漁師にとって釣りが趣味ではないのは自明の理である」と断りつつ、思い出の古書店とその主人を語るくだりで、たとえ錯覚でもこの時代には〝貧乏〟にすら、何かふくよかな中身がむっちりと詰まっていたかの念に、思わず駆られてしまう。

(居島一平/芸人)

あわせて読みたい