
『博士と狂人』
監督/P.B.シェムラン
出演/メル・ギブソン、ショーン・ペン、ナタリー・ドーマー、エディ・マーサン、スティーヴ・クーガン
配給/ポニーキャニオン
まずもって申し上げたいのは、この映画、新聞広告などで「感動の実話」と宣伝されているのですが、実話と知らない方が楽しめるのでは、と思うのです。実際、自分は予備知識を持たずに見た後、よくできた脚本だなぁと素直に驚いたんです。
世界最高峰とされる辞書『オックスフォード英語大辞典』。PCもAIもない19世紀に、頭脳と人海戦術のみで、シェイクスピアの時代まで遡ってすべての英単語と用例を網羅する大プロジェクトは、70年以上もの歳月を要したようです。
困難を極めた編纂の礎を築いたのが、貧しくて大学も出ず、独学で言語学博士となった〝異端の学者〟と、エリート医師ながら戦争で精神を病んだ〝殺人犯〟だったという話。とても「正気の沙汰」ではできそうもない膨大な知的作業に没頭することが2人の友情の絆となり、殺人犯の精神病の治療にも人間性の回復にもつながった。わずかに見える希望の中で、禁断の恋愛まで絡んでくるんですね。
映画化に20年もかかったメル・ギブソン入魂の一作『博士と狂人』
『博士と狂人』のどちらが狂気でもおかしくない、トリッキーなダブルミーニングがしゃれていて、これがまさか実話だったとは! その事実の意外性にさらに驚いたんで、最初っから宣伝のキャッチでタネ明かししてどうするのかと思ってしまいました。
主演のメル・ギブソンがこの原作に惚れ込み、いち早く映画化権を得たものの、こだわりすぎて予算も撮影日もオーバー。制作会社と衝突したあげく裁判沙汰になり、結局、映画化に20年もかかったということです。
メル・ギブソン入魂の一作だけあって、作り込みも緻密で、画面の重厚感が半端ありません。電灯もない時代の闇の深さが印象的で、蝋燭のわずかな光でどうやって撮影したんだろうと思うほどです。壮観だったのは、オックスフォード大学図書館の書架。最上部に並ぶ本なんて、もう誰も手にしないと思われますが、知の象徴としての本の存在感に圧倒されました。
自分も本が捨てられないタイプで、終活の年代にもかかわらず、本だけは累々と溜まり、床が抜けるのではと本気で心配しています。
日本でも辞書編纂の大変さを描いた小説や映画が話題になりましたが、どこか辞書づくりという仕事に憧れます。
そろそろ流行語大賞の選考に入るところですが、コロナ禍のため、今年ほど専門用語が浸透した年はない。ホワイトボードに言葉を書き並べて睨んでいますが、規模は比ぶべくもないものの、同じような編纂作業シーンが本作にもあって、ちょっと感情移入(?)してしまいました。
やくみつる
漫画家。新聞・雑誌に数多くの連載を持つ他、TV等のコメンテーターとしてもマルチに活躍。
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