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『完全復刻版 オーパ!』(集英社:開高健 本体価格8000円)~本好きのリビドー/悦楽の1冊

『完全復刻版 オーパ!』(集英社:開高健 本体価格8000円)
『完全復刻版オーパ!』(集英社:開高健本体価格8000円)

歳を重ねるごとに人間的な落ち着きが深まるならまだしも、振る舞いは軽躁なまま、そのくせあまりものに動じなくなる。これがよくない。何かに新鮮な「驚異」をおぼえる感覚が日々、摩滅してゆくのを痛感する筆者を含む中年世代。精神の健康と強壮を取り戻す回復剤がわりに、今こそうってつけな〝飲む〟でなく〝読む〟薬が本書だ。

若き日はサントリーの名コピーライターとして活躍し、芥川賞受賞後はベトナム戦争に従軍取材。200人中数名しか生き残れぬ壮絶な体験を経て、多くの作品を残した作家・開高健による、世界最大の大河アマゾン流域に幻の怪魚奇魚猛魚珍魚を追う一大紀行が豪華本の形で甦った。生前の著者と、1984年に北米マッキンリーに消えた登山家、植村直己の対談や夢枕獏のエッセイも新たに添えられた特典も充実でうれしい。

横道にそれる雑談がひたすら楽しい博物誌

78年の初版だけに、現在ではごく日常的に見かけるブラジル料理のシュラスコや食材のアヴォカドが「珍品で逸品である」と紹介されるのに多少のタイムラグを味わうのもまた一興だが、高橋曻カメラマン撮影の写真も、とにかく見事に絢爛、華麗にして時に沈鬱、荘重。陰影に富んだ自然の、色彩の交響楽は、無数のフィルムに無事永久凍結保存されて、これぞ正しく酸いも甘いも噛み分けた大人のための絵本と言うべきか。

卓抜した釣り紀行であると同時に屈託を抱えた中年男の冒険譚であり、横道にそれる雑談がひたすら楽しい博物誌でもあると共に、ブラジルの自然と人間を探る文明論でもある濃密の極みの1冊。自粛続きの腐れ〝おうち時間〟を脳内で吹き飛ばす絶好の憂さ晴らしに、やや値は張っても手元に置いて損はなし。全く釣りに関心がなくとも喰いつかされること請け合い。

(居島一平/芸人)