
去る2月24日、自動車メーカー『スズキ』の鈴木修会長が退任を発表した。御年91歳。今年6月の株主総会をもって退任し、後任を長男である鈴木俊宏氏に譲る。
鈴木氏が社長に就任したのは1978年で、今から43年前にさかのぼる。スズキでは、入社時と定年時のあいさつが共に鈴木氏という社員が、ざらにいるというから驚きだ。
70年代後半は排ガス規制とオイルショックで、世界的にも自動車需要が冷え込んだが、スズキは従来価格の8割ともいわれた軽自動車『アルト』を発売し、存在感を見せつけた。
80年代前半はトヨタや日産、ホンダなどが世界市場に進出し、特にアメリカを中心に販売網を広げていた時期。しかし、あえてスズキはインド市場に飛び込み、今や同国で50%のシェアを占めるまでに成長した。
そんな鈴木氏が長年、頭を悩ませていたのが後継者問題だった。
カリスマ経営者なき後の企業経営に要注目
2000年には戸田昌男氏に社長を譲り会長に退いたものの、戸田氏は病に倒れ退任、後任の津田紘氏も体調を崩す。その間に娘婿で経産省出身の小野浩孝氏が若くして急逝したため、リーマン・ショックが発生した08年には、急きょ鈴木氏が社長へ再登板した経緯がある。
しかし、再登板以降のスズキは、自動車業界のグローバル化の荒波に揉まれ、守勢に徹した経営となった感は否めない。
08年には米ゼネラルモーターズが経営不振に陥り、スズキとの資本提携を解消。それを受け、09年には独フォルクスワーゲンとの包括的提携を発表した。その後、同社への不満から提携解消を申し出たために、国際仲裁裁判所による調停などで4年にわたる時間と、多額の「手切れ金」を要してしまったのだ。
鈴木氏が表舞台を去るのは寂しいが、ようやく後継者問題が解決したという意味では、スズキにとっては吉報だ。後任の俊宏氏は「役員連中、部長連中としっかり議論しながらやっていきたい」と述べ、チームワークを強調している。
カリスマ経営者なき後の企業経営の事例としても、新生スズキの行く末は大いに注目に値する。
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