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『人生は驚きに充ちている』(新潮社:中原昌也 本体価格1800円)~本好きのリビドー/悦楽の1冊

『人生は驚きに充ちている』(新潮社:中原昌也 本体価格1800円)
『人生は驚きに充ちている』(新潮社:中原昌也本体価格1800円) (C)週刊実話Web

むかし野口冨士男というごく地味な作家がいた。手堅く渋い作風にいっとき熱中したが、作中の随所で目立つのは長らく甘んじた自身の不遇を託つかのごとき語り口。これが癖になると魅力で、引き締まった文体で綴られるだけに、さながら〝毅然たる愚痴〟のような趣きが味わえたものだ。

そこへ行くと著者。かねてから執筆作業自体をほとんど呪詛というか、苦行感が丸出しな調子に、思わず「そんなに嫌ならとっととお辞めになれば?」と肩を叩きたくなる衝動に駆られるばかり。ところが、プロットも構成も大して練られたとは到底考えられない作品を、ずるずる読み進めるとついつい面白いのだから始末に負えない。タチの悪い酔拳(J・チェン)の遣い手を感じさせるその不気味さといったら。

極めつけは震災後の東北を巡ったレポート

本書も表題作の小説に加え対談、事件ルポ、エッセイ、そして、ミュージシャンとしての旅公演を記した日記が収録され、よく言えばごった煮的だが、正直に言えば残務整理感が漂う並び。故古井由吉氏との対談は15年前だし、浅田彰氏とのそれは13年前。蔵出しと呼ぶよりなぜ今更? の印象が拭えない(でも読ませる)。

極めつけは震災後の東北を巡ったレポートで、仙台で目にした「希望の黄色いハンカチ大作戦」運動に触れて〝映画『幸福の黄色いハンカチ』は、山田洋次監督が『シェーン』を元ネタとして使っていて、流れ者が主人公という設定なのを知っているのだろうか〟とある一節にはただ唖然。『シェーン』が元ネタなのは同じ山田洋次でも『遙かなる山の呼び声』のほうで、『幸福の黄色いハンカチ』はピート・ハミルのコラムが原作のはず。映画評論めいた著作を何冊も出している書き手とは思えぬ間違いで、校正は拱手傍観か?

(居島一平/芸人)