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“スイカップ”古瀬絵理がグラビアに再降臨した裏事情とは!? 「私になんか需要はないんじゃ…」

古瀬絵理
古瀬絵理 (C)週刊実話Web 

昨年暮れ、7年ぶりの写真集を出して話題になった〝スイカップ・アナ〟古瀬絵理。「グラビアはもういいかな」と卒業宣言をしていたのに、どういう心境の変化だったのか?

現在のスイカップ事情とともに話を聞いた。

――2017年の写真集発売時には「これで終わり」という感じでした。当時39歳だったわけですが、45歳になって心境の変化でもあったのでしょうか?

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古瀬 夫との出会いがあって2011年に結婚したのですが、「出産したらグラビアは厳しいだろうな」と思い、30代でラストにするつもりの写真集でした。息子にも恵まれて幸せな結婚生活を送る中、本音を言えば「もう私になんか需要はないんじゃないか」とも思っていたんです。

――なのに、口説き落とした人がいたわけですね?

古瀬 そうなんです。それまでは男性のプロデューサーだったのですが、今回は女性の方。そのこと自体も新鮮で、「女性目線でプロデュースしていただいたらどんな仕上がりになるんだろう?」と興味が湧いたんです。なんだかワクワクして、実際に撮影するまでの8カ月ほどは肉体改造を頑張りました。年齢を重ねてますから痩せにくくなってますし、年相応の〝柔らかさ〟というか、〝たおやかさ〟が随所に出ておりましたので…。

――重力に負けてるとか、たるんでると言わないところがいいですね(笑)。どんなトレーニングをしたんでしょう?

古瀬 夫には話してありましたが、息子には内緒なので基本、隠密行動です。家事の合間、鍋でグツグツ、フライパンでジュージューやりながら、オードリー・春日さんのカスカスダンスをやってみたり。胸の柔らかさとか、お腹のたおやかさには効いたみたいです。

――ご主人はグラビアに対しもともと理解があった?

古瀬 というか、出会ったときに私のことをまったく知らなかったんです。通っていた美顔サロンの社長である女性から紹介されたのですが、スイカップのスの字も知らない方の存在は、ある意味新鮮でした。

――ご主人はどんな方なんですか?

古瀬 植物や土いじりが好きな北海道の人です。とにかく植物が大好きで、一時期は大鉢の植物が多すぎて部屋がジャングルのようだったことも(笑)。最近は時間があれば家庭菜園づくりに熱心に取り組んでいます。

――そういう方だから、グラビアにも理解がある?

古瀬 結婚に際して、私が出したものは全部見てもらいました。でも、1回だけ見たら「綺麗だね、頑張ったね」で終わり。そして、こうも言ってくれたんです。「こういう写真を撮らせて欲しいと要望される人間が世の中にどれくらいいると思う? それを仕事にできて、綺麗に撮ってもらえるんでしょ? それはすごいことなんだから、いいんじゃない」って。私、神様かと思いましたよ(笑)。そういう意味では居心地がいいし、今まで背負ってきた胸へのコンプレックスや歴史を一緒に背負ってくれるんだと思ったら、とても気が楽になり、結婚を決めたといっても過言じゃないです。

古瀬絵理
古瀬絵理 (C)週刊実話Web 

「ちゃんと古瀬絵理と呼んでください!」

古瀬は2003年、NHK山形放送局に契約キャスターとして入局。推定Hカップが注目され、スポーツ紙が古瀬の地元である山形・尾花沢の名産品スイカにひっかけて「スイカップ」と命名したことから大ブレイクした。

――あの頃、「スイカップじゃなく、ちゃんと古瀬絵理と呼んでください!!」と訴えるほど、そのあだ名が嫌だったそうですね。何がきっかけで気持ちを切り替えられたんでしょう?

古瀬 当時は心のガードがとても固くなっていて、仕事でお会いする人に対しても敵なのか、味方なのか? みたいに疑心暗鬼でした。バラエティー番組で共演した方とも仲良くなろうという気持ちになれず、自分から話しかけることもなく、飲み会に誘われてもことごとくお断りしていましたね。ある会見で記者の方がスイカを持ってきてくださったのですが、私はそれを「要りません!」と拒否したことがあったんです。あのとき、「ありがとうございます」とちゃんと受け取れる器用さが私にあったら…と今では思うのですが、後悔しても仕方ないですよね。気持ちが切り替えられたのは20代後半、フリーになって3、4年は経っていたと思います。ある人のアドバイスで心が開けたんです。

――それはどんなアドバイスだった?

古瀬 雑誌のグラビアで2、3回撮影を経験した後、もういいかなとお断りしていた時期でした。ある現場でヘアメイクさんから言われたんです。「絵理ちゃんのグラビアがすごい良くて評判になっていたのに、どうしてその後やらないの?」って。私が答えに窮していると、「芸能界ってさ、自分が持っている物は最大限に生かして、持ってない物は持っているかのようにみんな必死で作るじゃない? 絵理ちゃんは持っているのに使わないでしょ。それってすごくもったいないと思うんだよね」と。その言葉が腑に落ちて、もう1回ちゃんとやってみようと前向きになれました。そしたら急に現場が楽しく、面白く思えるようになったんです。

――これまでは確かに堅苦しそうな印象があったけど、誤解だと分かりました。

古瀬 そういう風に仰ってくださる方が多いんです。講演会に呼ばれて月に2、3回ほど各地に行くのですが、ツンケンした印象があったみたいで「こんなに気さくな人だったの?」と驚かれます。そういう誤解が晴れるのはうれしいことなので、これからも講演会にはどんどん行きたいですね。

――そこではどんな話をされるんですか?

古瀬 コミュニケーションについてとか、自己紹介のポイントについてなど、さまざまです。

――もしかして、スイカップの実物を拝みたいだけだったりして!?

古瀬 きっかけはそれでも、私は全然いいですよ(笑)。

古瀬絵理◆ふるせえり 1978年2月8日生まれ。06年にグラビア初挑戦。野菜ソムリエなど多数の資格を持つ。デジタル写真集『古瀬絵理 帰ってきたスイカップ』(小学館)が発売中。FM横浜「Mach Discovery」(毎週火曜)にDJとしてレギュラー出演中。X(旧ツイッター):@furuseeri

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