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長州力「彼からベルトを奪えるレスラーがいるとすれば、それは俺だけだ」~一度は使ってみたい“プロレスの言霊”

彼からベルトを奪えるレスラーがいるとすれば、それは俺だけだ 
彼からベルトを奪えるレスラーがいるとすれば、それは俺だけだ (C)週刊実話Web 

勇ましいコメントや感動のマイクパフォーマンスはプロレスにおける重要な要素の1つだが、レスラーたちからすると必ずしも観客向けのサービストークとは限らない。時には隠しきれない本音の部分が、漏れ出すこともあるのだ。

「全日本プロレス=アメリカンスタイル」「新日本プロレス=ストロングスタイル」という見方は、昭和のプロレスファンにとって半ば常識のことであろう。

アメリカのスター選手をそろえた全日のリングと、シリアスな新日の試合ぶりを比べれば、確かにそのようなイメージとなる。しかし、それ以外の部分…マイクパフォーマンスや記者会見でのやり取りなどは、むしろ新日のほうがアメリカ的だったとも言える。

全日においては、ジャイアント馬場の「レスラーは試合で語るもの」という考えが浸透していて、マイクパフォーマンス自体はほとんど見られなかった(ラッシャー木村は除く)。

その一方で、新日においてはアントニオ猪木を筆頭に長州力や前田日明などが、いずれもその過激な言動によってファンを魅了し、一時代を築いたという面が確かにあった。

むろん、それは試合内容が伴ってのことには違いないが、コメントの巧拙が人気を左右するという点においては、アメプロに通じるものがある。もっとも、例えば現在のWWEなどは、レスラーの言葉の逐一までが専門のシナリオライターによって作られたものだといわれるが、新日の場合はそうではなかった。

観客が総立ちになるほどの白熱の試合

総帥の猪木がハプニングを好んだこともあり、今後のストーリー展開など団体としての大きな方針はあったにせよ、それさえ守れば何事もレスラーそれぞれのアドリブに任されていたようだ。そうした方針のおかげで、試合やコメントが真に迫ったものになり、それがアメプロとの差異を印象付けるところはあっただろう。時にはアドリブがスベって、迷試合や珍言の類いが生まれることもあったのだが…。

また、後年に振り返ったときには、その当時には隠されていた本音や裏事情が見えてくることもある。

1983年8月4日、蔵前国技館大会。同年5月に開催された『第1回IWGP決勝リーグ戦』で、ハルク・ホーガンのアックスボンバーに沈んだ猪木が欠場を続ける中、メインを飾ったのは長州の持つWWFインターナショナル・ヘビー級王座に、前王者の藤波辰巳(辰爾)が挑戦するタイトルマッチであった。

観客が総立ちになるほどの白熱の試合は、藤波が場外で延髄斬りからバックドロップとつなげて、長州をリングアウトに下したが、その試合後のインタビューでの両者の言葉は、以下のようなものだった。

「徹底的に差をつけて勝たない限り、ベルトを腰に巻く気はないですね。長州との勝負はそんな薄っぺらなものではないですよ。誰が見ても藤波が完全に勝ったという勝負でないとね」(藤波)

「完敗だ。今日は何も言うことはない。彼は素晴らしいよ。これでスーパースターになったと言えるんじゃないか。ただ彼からベルトを奪えるレスラーがいるとすれば、それは俺だけだ」(長州)

言葉をそのまま受け取れば、フォール勝ちでの完全決着を望む藤波と、勝者をたたえつつも巻き返しを宣する長州という図式になるのだが、この時期に裏で「クーデター計画」が進められていたことを重ねてみると、いくらかきな臭くなってくる。

藤波がエースの新団体設立計画

赤字を垂れ流すアントン・ハイセル事業に対する反発から、猪木とその側近の新間寿氏、さらに猪木を放任してきた坂口征二が排斥されることになったクーデター事件だが、実はこの試合が行われた8月初めの時点では、「藤波をエースとした新団体設立」というプランが進行していた。

クーデターを首謀した山本小鉄から、「クーデターの成否は藤波の決断次第」と口説かれていたことを思えば、「ベルトを腰に巻く気はない」という言葉の意味も変わってくる。つまり、藤波としては「新日で防衛戦をする気はなく、ベルトを置いて団体を出る」ことも視野に入れていたと読み取れるのだ。

一方の長州は、かなり微妙な立場であった。アニマル浜口と共にフリー宣言をした後、すったもんだがありながらも、猪木から「フリーで新日に参戦すればいい」と承諾をもらい、遠からず正式に独立する予定だったという。そのため、クーデターからは一歩引いた立場で、誘いを受けてその趣旨には賛同しながらも、独立を認めてくれた猪木への恩義も捨てきれない…。

そうした状況を踏まえて発言を見返すと、「クーデターがどうなったとしても、藤波についていく」との決意を表明しているように見受けられる。

藤波への敬意なのか、それとも「手の合う相手」という自身の損得からのことなのか、いずれにしても藤波との闘いをかなり重視していたことには違いない。

そんな想像を膨らませながら、あらためて〝名勝負数え唄〟を見てみれば、また新たな発見があるのではなかろうか。

《文・脇本深八》

長州力
PROFILE●1951年12月3日生まれ。山口県徳山市(現・周南市)出身。身長184センチ、体重120キロ。 得意技/サソリ固め、リキラリアット、垂直落下式バックドロップ、ストンピング。

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