壇蜜 (C)週刊実話Web
壇蜜 (C)週刊実話Web

“事務所が吹っ飛んだ”壇蜜、本格復帰間近 マネージャーと二人三脚でフリーとして活動へ


調理師学校を卒業し、母親と和菓子店を開こうかと思っていた矢先、出資予定者が急死。開店を断念し、今度は遺体を修復する技術(遺体衛生保全士資格)を学ぶ学校へ通った。


「彼女は人間の本能というべき、生・性・食、そして死について学びたかったのでしょう。その後、葬儀社、大学病院の研究所の職員として働きますが、自分のフェロモンの可能性をいつかは試してみたいと、ずっと考えていたようです」(前出・芸能レポーター)


そして、2010年3月、『週刊SPA!』のタレント発掘プロジェクトでグラビアデビュー。一躍、注目される存在となった。

映画『私の奴隷になりなさい』が話題に

「その年、三十路入りするという遅咲きでした。当初は本名のままで、2011年から、自ら命名した『壇蜜』で活動するようになった。福山雅治が〝推し〟たことで、さらに人気に拍車が掛かりました」(同・芸能レポーター)

壇蜜とは、葬儀社で学んだ仏教用語の壇(テーブル)と蜜(恵み)に由来しているという。


映画初主演作『私の奴隷になりなさい』(2012年)の撮影では〝前貼りなし〟で臨んだことで知られている。


「彼女が演じるOL・香奈が、中年男(板尾創路)に〝調教〟される物語。かなり際どいシーンが多く、大きな話題を呼びました」(同)