田中角栄 衆議院議員、自民党、首相=1973(昭和48)年8月5日撮影 (C)共同通信社 
田中角栄 衆議院議員、自民党、首相=1973(昭和48)年8月5日撮影 (C)共同通信社 

「総理大臣には強いリーダーシップをなんていう人がいるが、そんなもんは必要ないんです。ありすぎると…」甦る田中角栄の格言集

「リーダー、上に立つ者が仕事をすれば、批判があって当然だ。世の中は、常に賛否両論ある。しかし、リスクを恐れて仕事をしないというのは、最低と言わざるを得ない」


没後30年を迎えた希代の政治家、田中角栄。金権、金脈の権化、派閥政治の象徴といった批判を浴びながらも、角栄は「国民への奉仕」として政治家に絶対的な成果を求めていた。


【関連】田中角栄の事件史外伝『人生の岐路――“角栄流”乗り切り方の極意』Part7~政治評論家・小林吉弥 ほかそんな角栄の魅力に迫り、その政治手腕と圧倒的な「人間力」を分かりやすいエピソード満載で紹介した『甦れ 田中角栄 人が動く、人を動かす 誰でも分かる「リーダー学」入門』(小社刊=定価:本体1600円+消費税)が発売された。本書は、政治評論家・小林吉弥氏による『週刊実話』誌上の人気連載(2021年10月〜2022年10月)に加筆修正を施したもの。多くの日本人が愛してやまない天才政治家の素顔に触れながら、保守から革新、世界の要人から雪国の庶民まで、すべての人を惹きつける「角栄流」の極意が明らかになる。

「角栄節」に見る発想の豊かさ

「意表を突く」という言葉がある。皆が当然と考えているとき、まったく違った言動で関心を惹きつけてしまう。これも、大きな発想の転換の一つと言える。

そこで「角栄節」として絶対の人気を誇った演説、スピーチ、あるいは発言の中から、そうした例証を抜粋、網羅してみることにする。思わずニコリとしてしまうもの、なるほどと感心せざるを得ないもの、例え話のうまさなど、誰もがこの「角栄節」に取り込まれてしまうのである。


「皆さんッ、新潟には雪がある。豪雪、困るねぇ。しかし、雪は水だ。水は生活の基本だ。つまり雪は資源、いや財産ということなんです!」


「東京で酔っ払って道路で寝転んでいても、パトカーが来て保護してくれる。しかし、北海道の山奥でそんなことをしていたら、熊に襲われるのがオチだ。それなのに、住民税は北海道のほうが高い。そういう格差はなくそうじゃねぇですか。


まぁ、北海道の鉄道は100年赤字だ。100年かかって赤字でも、鉄道を築いてから、たった4万の人口が560万になった。北海道から鉄道をはずしてごらんなさい。熊だけになってしまう。それが、日本列島改造計画ということなんであります」


「総理大臣には強いリーダーシップをなんていう人がいるが、そんなもんは必要ないんです。ありすぎると、かえってよくない。他人の言うことをよく聞くほうがいいんですよ。そういったことからすると、鈴木善幸クンはなかなかのもんです。鈴木クンは、じつは田中派だなんて書いてあるが、これは間違いだ。私が、鈴木派ということなんであります!」


「(旧ソ連のブレジネフ書記長と北方領土交渉での会談で)これは日本古来の万病の薬『熊の胆』で、熊の胆のうを乾かした貴重品だ。(ソ連では、毎年、熊が何千頭も獲れるとのブレジネフ書記長の言葉に)ありがたい話だ。ソ連のそうした熊は、日本が買い取ろうじゃないか。これは平和な取引だ」


硬直した交渉の空気がこのやり取りで一変し、その後、田中は日ソ共同声明のなかに「北方領土問題は戦後未解決の諸問題」との字句を明記させることに成功した。シビアな外交交渉にスッと〝熊の胆〟話を持ち出すのも、見事な発想の転換ということになる。


「私はねぇ、いま年間300人ほど大学卒業者の就職を面倒見てますよ。ところが、この5年くらいで、半分はいい職場があるなら(新潟に)帰ってもいいという者が増えている。まあ、5年もたてばシャケも川に戻ってくるわねぇ。命をかけて行った嫁も、戻ってくるじゃねぇですか」


「目先のにぎり飯(所得税減税)もさることながら、柿の種(企業減税)をまいて、それが木(国民経済全体)に育てば、おいしい果実(将来の所得税減税)はおのずから食べられるようになるッ」


「社会党のように、無防備、無抵抗、中立なんてダメだねぇ。もし、皆さんの家に強盗が入ったらどうする? 父ちゃんが壁のほうを向いて無防備、無抵抗、中立だなんて言っていたらどうする? 家族を守る力がないと、奥さんは(実家に)帰ってしまうわねぇ」

「タイよりイワシだ」

昭和53(1978)年4月18日、田中角栄の母・フメが86歳で死去した。前年1月から、すでにロッキード裁判の審理が始まっており、心痛、癒えぬなかでの死であった。筆者は新潟で営まれた葬儀・告別式の模様を取材したが、当日、田中の実家の前には、じつに450メートルにわたって政財界の歴々から届いた花輪が並び、その〝盛大さ〟にド胆を抜かれた思い出がある。また、田中派からは幹部の二階堂進をはじめ数十人が参列していた。

その前日、田中の姉がそうした参列者に「せっかくだから皆さんに、おいしいタイでも出しますか」と口にすると、田中は次のように言い放った。


「何、タイだと。タイなんてヤツらは毎日食っている。珍しくもない。イワシにしろ。あれの焼き立てが、いまは一番うまいんだ」


姉は「イワシなんて恥ずかしくて人前に出せない」と言ったが、田中はなお「イワシでいいんだ」と押し切ってしまった。


当日の朝、田中の実家は煙に包まれた。広い庭に近隣の主婦たちが〝七輪〟を持ち寄り、一斉にイワシを網で焼き始めたからであった。筆者が見た限り七輪の数は少なくとも十数個あり、二階堂あたりが顔をほころばせて、あちこちの田中派議員からも「うまい」という声が聞かれた。


そのなかの若手議員が、こんな話をしていた。


「田中先生の発想は、一見、常識とかけ離れていることが多い。このイワシも実際、皆さんに喜んでいただいている。タイだったら、なーんだということで終わっていました。田中派に集まった人たちは、こうした先生の発想の豊かさに惹かれた部分が、少なくないということなのです」


かく、発想を一つ変えた「角栄節」は、常に人々を惹きつける。見習って損はないのである。


甦れ 田中角栄 人が動く、人を動かす 誰でも分かる「リーダー学」入門 (C)週刊実話Web

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【著書プロフィール】

小林吉弥(こばやし・きちや)


政治評論家。1941年8月26日、東京生まれ。早稲田大学第一商学部卒業。半世紀を超える永田町取材歴を通じて、抜群の確度を誇る政局・選挙分析に定評がある。歴代実力政治家を叩き台にしたリーダーシップ論、組織論への評価は高い。田中角栄研究の第一人者として、新聞、週刊誌での執筆、コメンテーター、講演、テレビ出演など幅広く活動する。


最近刊に『田中角栄名言集』(幻冬舎)、『戦後総理36人の採点表』(ビジネス社)などがある。