vasilis asvestas / Shutterstock.com
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菅義偉前首相が「岸田おろし」へ立ち上がる!? “増税撤回”で宣戦布告

2023年、岸田文雄首相は衆院解散・総選挙に向けて攻勢を強める構えだ。日本銀行の総裁人事や統一地方選挙に加え、広島での先進7カ国首脳会議(G7サミット)と重要日程が続き、展開次第では首相退陣もあり得る。激動の1年となるのだろうか。


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「この30年間、企業収益が伸びても期待されたほど賃金は伸びず、想定されたトリクルダウンは起きなかった。私はこの問題に終止符を打つ」


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岸田文雄首相は1月4日、伊勢神宮参拝後の記者会見で力を込めた。発言は会見冒頭で触れる年頭所感において、賃上げ実現への意欲を強調する流れの中で出たものだった。だが、内容を伝え聞いた自民党最大派閥の安倍派幹部は、「われわれに喧嘩を売っているようにしか思えない」と首相への不信感を募らせた。


「したたり落ちる」を意味するトリクルダウンという言葉は、アベノミクス理論の根幹として使われてきた。それだけにこの発言は首相がアベノミクスを否定し、流れを打ち切ろうとしていると受け止めたのだ。


安倍晋三元首相は、大企業や富裕層が潤えば、蜜がこぼれるように恩恵が社会全体に広がっていくとして、大規模な金融緩和や積極的な財政出動を柱とする成長戦略を推進してきた。


だが、安倍氏が昨年7月に死去して以来、岸田首相は財政・金融政策の「正常化」を進めようとしていると、多くが感じるところとなっている。首相はもともとトリクルダウンには否定的で、自民党政調会長の時代から「見直しが必要だ」と公言していた。こうした経緯もあり、今回の発言は「首相の強い意向」で盛り込まれたという。


「昨年末に首相が、官邸での打ち合わせで秘書官に指示した。格差是正と分配重視の『新しい資本主義』政策に舵を切り、独自のカラーを打ち出していく意気込みの表出だ」(首相に近い政府関係者)


首相の政策転換への意思は、早くも随所に表れている。昨年12月16日に防衛費大幅増を閣議決定した際には、財源確保策として増税方針を打ち出し、安倍氏が生前に唱えていた「防衛国債」の発行を退けた。


直後の20日には日本銀行が、10年物国債金利の誘導目標を0.25%から0.5%に引き上げる「サプライズ利上げ」に踏み切った。背景には緩和一本槍ではない、柔軟な金融政策を求める首相の意向があり、これを日銀の黒田東彦総裁がくみ取ったとみる向きは多い。


岸田首相は年頭の会見で「異次元の少子化対策に挑戦する」とも表明し、首相に近い自民党の甘利明前幹事長が、財源として消費税増税に言及したことも、財政規律路線への転身を感じさせるのに十分だった。


「日本の景気は増税と利上げで何度も腰を折られてきた。ここで金融緩和をやめて増税もすれば、日本は二度と立ち上がれなくなる。それが分かっているのか」


先の安倍派幹部は憤りを隠さない。

管氏が存在感をアピール

こうした中、菅義偉前首相の発言も飛び出した。1月10日、訪問先のベトナム・ハノイで「国民の声が政治に届きにくくなっており、懸念を感じている」と、岸田首相の姿勢を公然と批判したのだ。

さらに、首相就任後は派閥を離脱することが慣例だが、首相は岸田派会長にとどまっているとして、「派閥政治を引きずっていると見られる。国民の見る目は厳しくなる」と喝破。消費税増税を否定することで、岸田政権が「増税体質」であることを国民世論に広く印象づけた。


菅氏の発言は、同日発売の月刊誌『文藝春秋』2月号に掲載されたインタビューと大筋では同じで、ベトナムに同行した記者が記事内容を確認したことに対して答えたにすぎない。だが、菅氏の一言一句はその日のうちに永田町に伝わり、少なからず波紋を広げた。


昨夏以降、安倍氏の国葬強行や世界平和統一家庭連合(旧統一教会)をめぐる問題での不手際に始まり、4人の閣僚の相次ぐ辞任、先に触れた増税方針などで岸田内閣の支持率は「危険水域」といわれる3割を切った。


こうした状況において、首相と相克の関係にある菅氏が厳しい批判を繰り広げたことで、いよいよ「岸田おろし」への動きが始まっていくのではないか、と受け止められたのだ。


菅氏は、自身を支持する無派閥グループをはじめ、二階派や森山派、安倍派とも連携し、150人規模の陣容をすぐに整えられるとみられている。


菅氏に近い無派閥議員は、その胸中を代弁するように「菅氏は首相の政権運営を懸念している。政権が行き詰まれば、自身が再登板するかどうかは別として、菅氏こそが『ポスト岸田』政局のキーマンになる」と話す。菅氏は「その時」に向けて、存在感をアピールしてみせたというわけだ。


年明け早々、実力者による神経戦が繰り広げられ、政界に不穏な空気が漂うようになったのは、自民党の萩生田光一政調会長がきっかけだった。12月25日にフジテレビ系の番組で「防衛増税をやるなら、国民に信を問うと約束しなければならない」と述べたことが、発端になったと言っていい。


萩生田氏の発言は、首相の専権である衆議院解散権に触れたもので、党内からも「立場をわきまえるべきだ」などと批判された。


しかし、首相はわずか2日後、27日のBS-TBS番組で、共に出演したジャーナリストの後藤謙次氏の問いかけに乗せられるように「増税のスタート時期はこれから決めるわけだが、それまでに選挙はあると思う」と話し、事実上、萩生田氏の発言を追認した。


先の政府関係者によると、「岸田首相は防衛費大幅増と反撃能力(敵基地攻撃能力)保持に踏み出したことで、周囲に『安倍政権でもできなかったことを俺はやった』と語るなど、ずっと高揚している。そこを感じ取った後藤氏と打ち合わせをする中で、異例の発言になった」という。

政権批判にもあくまで強気

増税対象は法人税と所得税、たばこ税で、実施は2024年以降の「適切な時期」としている。そのため、首相は時期を含めた増税の中身について、2023年中に決める方針だ。従って、首相の発言をそのまま受け止めれば、年内解散を検討していると考えるのが自然だ。

その後、首相は会見やテレビ番組で自身の発言に触れ、「結果として選挙の可能性があるということを述べただけ」と軌道修正したが、「可能性」そのものについては否定していない。


新年に入り、首相が真っ先に夜の会食に招いたのは、森山裕党選挙対策委員長だった。1月5日夜、東京・赤坂の日本料理店で、衆院小選挙区の10増10減を受け、衆院選に向けて選挙区調整を急ぐよう指示。春の統一地方選挙と衆院補選への準備も加速するよう求めた。


翌6日には萩生田氏と官邸で会い、防衛費増額に伴う増税以外の財源確保策と「異次元の少子化対策」の内容について、党内で検討を進める方針を確認した。


岸田派幹部は「首相は今年、勝負を懸ける。キーワードは『中間層重視』だ。分配政策と財政・金融政策の正常化を柱に『キシダノミクス』を進めて、6月の『骨太方針』に少子化対策を盛り込む。それ以降は、いつ解散があってもおかしくない」と見通す。


菅氏の動向についても、「あえて『国民の見る目は厳しい』などと言うのは、攻めに転じた首相が解散政局を主導していると察知し、けん制したいから。だいたい菅氏が首相になるとき、安倍派や二階派のお世話になっておいて派閥批判はおかしい」と意に介さない。官邸筋も「文藝春秋のインタビューは情報として入っていた。発言内容は想定内だ」と静観の構えだ。


そもそも菅氏の発言について、岸田首相は「NHK会長人事への遺恨」と受け止めているという。首相は12月に入り、任期満了に伴うNHKの後任会長に、元日銀理事の稲葉延雄氏を充てる人事を決めた。


NHKに対しては、所管の総務行政を牛耳ってきた菅氏が影響力を持ってきたとされる。先の官邸筋によると「菅氏は意中の財界人を押し込もうとしたが、首相に阻止された。利権を侵されたことへの怒りと焦りが、根底にあるのだろう」と、あくまでも強気だ。


とはいえ、今後の政局が岸田首相のもくろみ通りに進む保証はない。首相は欧米5カ国歴訪から1月15日に帰国した。別の政府関係者によると、周囲に「バイデン米大統領がとても歓迎してくれた。イタリアのメローニ首相はアニメ好きだったんだな」と語るなど、引き続き高いテンションを保っているという。

首相vs「菅・萩生田」連合も

ただ、23日に召集された通常国会が、紛れもなく厳しいのは事実だ。閣内には松本剛明総務相、岡田直樹沖縄北方担当相ら、いまだ「政治とカネ問題」がくすぶる閣僚がいる。首相自身も領収書のずさんな処理が発覚し、政治資金規正法違反の可能性が指摘される。

防衛費増の財源問題では、立憲民主党など野党と激しい論戦になることが予想され、答弁次第では世論の支持を一層失いかねない。


旧統一教会への解散命令請求は、大詰めを迎えているものの、野党は「長年、あれだけ癒着してきた教団と簡単に決別できるわけがない。裏でどれだけ密接な関係を築いてきたのか白日の下にさらす」(立憲幹部)と、徹底追及する構えだ。


当面の焦点は日銀の総裁人事だが、これだけ首相のリーダーシップをアピールしながら「相変わらず財務省主導になっている」(前出・官邸筋)という。


「岡本薫明前事務次官が手引きして、財務省の言うことを聞き、安倍派もギリギリ許容できる雨宮正佳日銀副総裁にしようと、ずっと動いてきた。女性の有識者と現日銀理事の副総裁候補2人もセットだ。5年後の2028年に岡本氏自身が総裁に収まる腹だろう」


これが官邸筋の見立てだ。


だが、「雨宮氏の固辞は堅い」との情報もあり、下馬評に挙がっているとはいえ中曽宏前副総裁や山口廣秀元副総裁になれば、「緩和縮小路線が明確になる」(同)として景気悪化を招き、賃上げムードに水を差す展開になりかねない。


岸信夫前防衛相が引退すれば4選挙区となる4月の衆院補選は、現時点では「野党が乱立しそうな千葉5区を含めて、自民党が全勝する可能性がある」(党関係者)とみられている。しかし、統一地方選が振るわなければ、その流れを引きずり、思わぬ苦戦を強いられる可能性もある。


こうなると5月に広島で開催される先進7カ国首脳会議(G7サミット)で多少盛り返しても、夏以降に本格化する党内の増税論議で、反対派に押されるのは目に見えている。


安倍派関係者によると、「岸田首相は萩生田氏を信頼し、馬力に期待している。萩生田氏が安倍派会長を継承できるよう、万事うまく運べば次期幹事長に据えるつもりだろう。しかし、萩生田氏も内心ではアベノミクス修正を快く思っていない。財務省主導に逆戻りし、増税路線で景気を冷やすのは絶対に避けたいはずだ」と、決して一枚岩ではない。


安倍政権で官房長官と副長官の関係だった菅氏と、気脈を通じる可能性はあるというわけだ。


岸田首相は自身が描くシナリオ通り、年内に衆院選を実施できるのか。それとも、求心力低下で退陣を余儀なくされ、菅氏の勢力が「増税撤回」を旗印として、解散に打って出る展開もあるのか。


波乱含みの1年は、まだ始まったばかりだ。