森永卓郎 (C)週刊実話Web 
森永卓郎 (C)週刊実話Web 

ギャンブル依存症~森永卓郎『経済“千夜一夜”物語』

大谷翔平選手の通訳を7年にわたって務め、大谷選手と親友のような人間関係を築いた水原一平氏が違法賭博で解雇された事件は、世界中に大きな衝撃を与えた。


水原氏の人生は、まさに順風満帆だった。大谷選手の移籍に伴ってドジャース入りした水原氏の年俸は、6000万円とも7000万円ともいわれている。


【関連】韓国型構造改革へ~森永卓郎『経済“千夜一夜”物語』 ほか

通訳として初めてアメリカのベースボール・カードに登場し、時には大谷選手より多くの声援を集めることさえあった。何不自由のない人生のなかで、水原氏は何故6億8000万円もの資金を違法賭博につぎ込んでしまったのか。


米スポーツ専用チャンネルのESPNによると、水原氏は自身がギャンブル依存症であり「泥沼にはまってしまい、抜け出すためにもっと大きな金額を賭け、雪だるま式に負け続けた」と話したという。


ギャンブルで負けると、その分を取り戻せるだけの金額をまたギャンブルにつぎ込む。そこで負けるとさらに大きな金額をつぎ込む。


やがて、手持ちの資金が底を突いてパンクするというのが、ギャンブル依存症の特徴だ。


働くことで十分な収入があるのだから、そこまでしてカネを稼ぐ必要はないのではと思われるかもしれないが、依存症の人は必ずしもカネが欲しくてやっているのではない。スリルが忘れられなくなるのだ。


人間が感じる快感には、安楽と快楽という2つがある。安楽というのは、何もかも満たされた快適な状態だ。ところが、安楽よりもはるかに強い快感をもたらすのが快楽なのだ。


心理学に「ソルテッドナッツ・シンドローム」という言葉がある。塩をまぶしたナッツを食べていると、程よいところでは止められず、最後の1粒まで食べてしまう。それが快楽だからだ。

バブル崩壊の最後のババを引くのは…

ギャンブル依存症は、決して特殊な人だけがかかる病気ではない。私はいま金融市場に参加する多くの人がギャンブル依存症になっていると考えている。

例えば、日銀のゼロ金利解除は、理論的に言えば株価の下落と円高をもたらす。中長期的には、そうなるだろう。


ところが快楽におぼれた人たちは、そうした変化を意に介さない。結局、株価はさらに上がり、為替もさらに円安に向かった。


ただ、順風は無限には続かない。問題は、相場が値下がりトレンドに転じたときだ。


冷静に判断できる人は、そこで損切りをして手仕舞いする。ところが、ギャンブル依存症の人は、損失を取り返そうとさらなる資金をつぎ込んでしまう。


ナンピン買いと呼ばれる行動だ。そうなると、資産の一部だけで安全に運用してきた人も、やがて全財産をつぎ込んで破産者になってしまう。


過去のバブル崩壊で繰り返されてきた事態だ。つまり本当の危機は、下げ相場に転じたときに起きるのだ。


バブル崩壊の最後のババを引くのは、ギャンブル依存症の人たちになる。余計なことをしなければ、安寧な老後が待っているのに、なまじ快楽の味を覚えると、破滅への道を歩んでしまうのだ。


残念ながら、ギャンブル依存症には治療薬がない。唯一の救出方法は、依存症でひどい目に遭った人と丁寧なコミュニケーションを続けることだ。


私はそれが本当の金融教育だと思うが、政府は「貯蓄から投資へ」という掛け声のもと、逆に投資を煽っている。


まだ投資に手を染めていない人は、やらないのが一番だ。