
とことん御馳走ぜめに遭ったのに、不思議と胃もたれ感は一切なし。ただ美味を反芻しつつ、気がつけば感嘆のため息交じりに、料理がふんだんに盛られた小説という表現形式、器そのものに思いを馳せてしまう…そんな読後感だ。
風太郎文学における最大のヒーロー、無敵の剣客・主人公十兵衛が死体となって発見される冒頭で、まずわし掴みにされる。脳天から鼻柱まで見事にたち割られたその遺骸。つまり背後からの闇討ちに非ず、堂々尋常の勝負の果てと断じる他ない。では一体誰が、ほとんど人間技では斬れぬはずの十兵衛を仕止めたのか? と、ここまでの謎だけで、早くもミステリーファンは垂涎の喜び。
次いで用意された主な舞台設定が2つ。かたや徳川幕府の圧迫に毅然と抗する後水尾法皇とその娘である明正上皇を巡る暗闘が展開する江戸慶安年間に対し、権力の絶頂期にある足利三代将軍義満と南北両朝合一の象徴たる後小松天皇、そして、おなじみ少年時代の一休さんもが絡まる朝廷の大秘事が明らかとなる室町時代の京。
古典芸能愛好家とSFファンが大興奮
異なる時空間それぞれでたっぷりと描き込まれる剣戟場面を堪能できる上に、何と、その両世界をつなぐタイムマシンの役割を務めるのが能と来た日にゃ、古典芸能愛好家とSFファンが大興奮&相抱擁して随喜の涙を流すこと間違いなしの道具立てだろう。
顧れば毎日新聞連載の初出時、高校生で本作に接した筆者だが、いま再読して面白さは色あせるどころか、より一層の深みとコクが倍旧に増した。「まるでスカッド・ミサイルVSパトリオット・ミサイルみたいなことをいう」なんて一節(作者の地の語りも妙におかしいのが魅力)にも、湾岸戦争酣の時代背景が窺える。
(居島一平/芸人)
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