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レポート『コロナと性風俗』第1回「東京・吉原」~ノンフィクション作家・八木澤高明

Kaspars Grinvalds / Shutterstock

新型コロナウイルス感染拡大によって、東京に二度目の緊急事態宣言が出された2021年1月。私は、吉原でソープ嬢として働く真理子(33歳)に話を聞いていた。

このコロナ禍の中で、東京都では営業時間の短縮要請に応じた事業者に対し1日6万円の協力金が支給されている。ところが、風俗店には1円たりともお金は出ていない。しかも、濃厚接触の極みとも言うべき体を売る仕事であるため、他の仕事以上にリスクを伴う。

果たして、そんな状態の現場で働く風俗嬢や関係者たちは、どのようにこの事態を生き抜いているのか。

「毎年、お正月は予約のお客様でお店はいっぱいになるんです。全部の部屋が埋まらなかったのは、7年この仕事をしていて、初めてのことですね」

7年にわたって吉原で働いた真理子。しかし、彼女は昨年4月に1回目の緊急事態宣言が出された際、ソープでの仕事を辞めた。

「小学生の娘がいて、2人で生活をしているので、コロナが怖かったんです。ソープの仕事はもろ濃厚接触じゃないですか。もし感染したらと思ったら、続ける気になれなかったんです」

ソープ嬢から足を洗い、昼職に転じたという。

「ソープ時代に、毎月100万円を目標に貯金していました。なので、今も4000万円ぐらいは貯金があります。私ってものすごいケチで、貯金を1円でも切り崩したくないと思って、昼のアルバイトをすることにしたんです。とある施設の誘導係を週に3日やって、月に10万円ほどもらっていました」

濃厚接触の可能性はなくなったものの、収入は10分の1以下になったわけだ。当然、生活は厳しい。

「いつまでもやれる仕事ではない…」

「10万円じゃ、家賃ぐらいにしかなりませんからね。ソープ嬢の知り合いの中には、持続化給付金の不正受給をしている人もいました。私にも、30万円の申告手数料で70万円が手に入るという話がきましたけど、やりませんでした。生活が厳しくなったのを知って、ありがたいことに、援助してくれるソープ時代のお客さんがいたんです。ずっと通って来てくれていた人で、月に30万円援助してくれています」

かなりの金額を手にした真理子だったが、それにはある条件があった。

「もう仕事には復帰せず、普通に生活して欲しいと言われました。それで、誘導係の仕事と彼からの送金で生活をしていたんですが、昨年の末にコロナが増えて施設が休みになってしまい、このままではまずいなと思って、彼には黙って復帰することにしたんです」

30万円だけでも生活はできるはずだが、「彼に頼りきりになるのが嫌だ」と、真理子は言う。

「母子家庭ですし、いつまでもやれる仕事ではないので、少しでも貯金したいという思いがあるんです。それで、新規のお客さんを取らず、店のホームページにも載せないで、以前のお客さんの予約だけを取ることで働きはじめたんです」

再び働き始めたソープで得られるのが、約30万円。仕送りの30万円と合わせれば、不自由なく暮らせる金額になる。ところが、そこで真理子が言いにくそうに口を開いた。

「実は、他にも昼間の仕事がなくなって大変だろうと、お金を送ってくれる人がいるんです」

このご時世、お金のあるところにはあるんだなと、驚かされた。

空いた時間でデリヘルに在籍

「送ってくれる人は、他にも5人います。細かいことは明かせませんが、合計で75万円。これに、さっきの60万円を合わせると月に130万円以上になって、以前、ソープで働いていた時より多くなります。送ってくれる人には申し訳ないですけど、ソープに復帰したことはこれからも隠します」

コロナという風俗業界にとっては未曾有の危機を、彼女は逆手に取って乗り切ろうとしていたのだ。

男たちの良心を利用していると、不快に思う人もいるかもしれない。しかし私は、他人事という気持ちもあるのかもしれないが、転んでもタダでは起きない彼女の強かさに心を打たれた。

ところで、コロナによってソープの仕事、通ってくる客に変化はあったのか。

「イソジンを自分で用意してきた人がいたんですよ。何をするのかと思ったら、いきなり尿道からイソジンを入れたんです。ある程度入ったところで、おちんちんを握り、噴水みたいにピュッ、ピュッと、それを何回か繰り返したんです。『これをやっておけばコロナにも性病にもかからないから大丈夫』って。イソジンでうがいはしますけど、尿道に入れる人なんて見たことなかったんで、びっくりしましたね。そこまでしてもやりたいんだって、おかしくなりましたし、ありがたいなって思いましたね」

月に数日ほど吉原で働く一方、客だった男たちから仕送りをもらい、コロナ前の頃より現金を得ている真理子。以前に比べ時間が作れるため、空いた時間でもうひとつ仕事を始めた。

「私は家でのんびりするのが嫌なので、時間があったら働きたいんです。以前、吉原にいた時は、生理の時しか休みませんでした。今は月に4、5日しか吉原に行かないので、空いた時間でデリヘルに在籍しています。それなら吉原のお客さんとまったくかぶりませんから。おそらく、デリヘルの収入は45万円ぐらいになると思います」

逞しいなと心から思った。コロナ禍であっても、体を張り続け、働き続ける彼女に敬意すら覚えたのだった。

 

八木澤高明(やぎさわ・たかあき)
神奈川県横浜市出身。写真週刊誌勤務を経てフリーに。『マオキッズ毛沢東のこどもたちを巡る旅』で第19回 小学館ノンフィクション大賞の優秀賞を受賞。著書多数。

 

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