(画像)Dean Drobot / shutterstock
(画像)Dean Drobot / shutterstock

昭和の大女優たち“奇跡の全部魅せ映画”誌上限界プレイバック!

美しい女優の艶姿ほど心がときめくものはない。われわれ男性客はそのシーンを見るために、映画館に足を運んだものだ。それが大スターのモノであれば、感激もひとしおだった。


今回は古き良き時代を知る映画ファンのために、5大女優の〝お宝シーン〟を再現してみた。まずは、日本を代表する名女優・若尾文子(89)だ。


【関連】鈴木保奈美“スケスケ衣装”に臆測…独身満喫で久々の濡れ場を決断か ほか


若尾は飛躍のきっかけが、思春期の性の問題を扱った『十代の性典』(1953年公開、大映、島耕二監督)だったことで、以降も女性の業やエロスを艶めかしく演じてきた。


そんな彼女が60年の『安珍と清姫』(大映、島耕二監督)で、ほんの一瞬だけ左胸の〝頂点〟を見せている。歌舞伎舞踊の『娘道成寺』で有名な安珍・清姫伝説の映画化で、清姫役の若尾は修行僧の安珍に扮した市川雷蔵を翻弄する。


誤って安珍に傷を負わせた清姫は、傷口を癒やすため献身的に尽くす。山の湯につかる安珍のところに全裸で現れ、介抱するほどだ。お堅い安珍も彼女の魅力にとらわれ、ある時、着物を右手で剥ぐ。すると、若尾の左胸が飛び出す。


若尾はすぐに右手で着物をたくし上げるが、その間わずか1秒ほど、ふくよかな膨らみとともにそれが露出する。しかし、そのことで関係が気まずくなったりはしない。すでに2人の間には、恋心が募っていたからだ。ちなみに撮影時、2人は実際に恋人同士だった。


66年に公開された代表作の『赤い天使』(大映、増村保造監督)では「私の体、見たいだけ見ていいのよ」というセリフを口にしているが、そのシーンは残念ながらすべて吹き替えだった。


「スター女優がバストトップを披露したのは、おそらく若尾が最初でしょう。大騒ぎにならなかったのは、ほんの一瞬の出来事だったから。しかし、今では動画をスロー再生することも可能です。若尾ファンにはたまらないですね」(映画関係者)


若尾と同じ大映出身の京マチ子(95歳没)は、国際派女優として人気を博した。その名を世界に知らしめたのは、国際映画祭で賞を獲った黒澤明監督の『羅生門』(50年、大映)と溝口健二監督の『雨月物語』(53年、大映)での熱演だ。豊かな肉体と妖しい美しさで、世界中の映画ファンをとりこにしたのだ。

今の若手女優に見習ってほしい…

そんな彼女が初めて〝先端〟を披露したのが、66年に公開された『他人の顔』(東宝、勅使河原宏監督)。安部公房による同名小説の映画化で、火傷で顔を失った仲代達矢が他人の顔の仮面を作成し、疎遠になった妻を誘惑して自信回復を図ろうとする。


妻役に扮した京は、自分の夫だと知りつつ凌辱される。仲代に迫られ、ベッド上で争ううちにネグリジェが乱れ、左側がこぼれ落ちるように露出するのだ。さらに、ベッドで胸にタオルをかけてリラックスしていると、それを仲代に剥がされて豊満があらわになる。


当時、彼女は42歳だったが、その熟れきった肉体が何とも言えない。驚くことに京はその10年後の『妖婆』(松竹、今井正監督)でも、バストトップを見せている。邪霊と邪教に人生を狂わせられた女性の転落話で、彼女は18歳の生娘から醜い老婆にまで扮して、肉体でもって男を翻弄していく。


例えば、はだけた両胸を江原真二郎にむんずとつかまれ、〝先端〟を吸われて顔を赤らめたりするのだ。当時、京は52歳だったから、これにはビックリ。


「中高年になっても脱いでみせた京マチ子の女優魂には感服です。今の出し惜しみしている若手女優は『他人の顔』や『妖婆』を見て、ぜひ見習ってほしいですね」(映画記者)


星由里子(74歳没)といえば、加山雄三主演の『若大将』シリーズ(61~68年、東宝)で演じたヒロイン・澄子役が、当たり役となって人気を博した。その時代に青春を送った人にとっては、今でもまぶたの裏に2人の姿が浮かんでくるに違いない。


ほかにも特撮映画やクレージー・キャッツ映画などで幅広く活躍したが、彼女には常に清純派のお嬢さんというイメージが付きまとった。そこから脱皮すべく挑んだのが、67年に公開された『千曲川絶唱』(東宝、豊田四郎監督)だ。


白血病で余命少ない北大路欣也に激しい愛を捧げる難病ものだが、ナースに扮した星は、彼が亡くなる直前にフルオープンになる。逆光で捉えているため、ハッキリと見えるわけではないが、それでも十分に驚かされたものだ。

見せなくてもよかったのに…という声も

さらに星は、同年末に封切られた『颱風とざくろ』(東宝、須川栄三監督)で、〝頂点〟までしっかり見せてくれた。石坂洋次郎による同名小説の映画化で、女子大生に扮した星がテニスコーチの中山仁に恋心を抱き、ヴァージンを捧げる決心をするという物語。


何と、中山に着替えを手伝ってもらうだけでなく、一緒にシャワーを浴びたりもする。その過程で上着を両手で脱ぎ、豊満をペロンと出して見せるのだ。


撮影当時、星は23歳。その体には張りがあって、みずみずしいばかりだ。シャワーの水を肌が弾く場面など、実に絵になっている。それにしても〝清く正しく美しく〟を社是とする東宝の看板女優が、よくぞここまで見せたものだ。


「その艶やかシーンはカラッと明るく描いているけど、特に胸を出す必然性は感じられない。だから、見せなくてもよかったのに…という声も多く聞かれます」(映画マニアのA氏)


星とはキャラクターがかなり違うものの、東宝の看板女優として並び称されたのが浜美枝(79)だ。早くからビキニ姿を披露し、キュートでセクシーな女優として人気を集めてきた。


彼女の魅力を世界中に知らしめたのが、67年の英国スパイ映画『007は二度死ぬ』のキッシー鈴木役だ。海女に扮した浜は白いビキニ姿で、ジェームズ・ボンド役のショーン・コネリーと一緒になって難敵を下す。


東洋人として初めてボンド映画のヒロインに抜擢された浜は、ナイスバディを武器にして立派に演じてみせたのだった。そして1年後、68年の『砂の香り』(東宝、岩内克己監督)で、ファンを仰天させることになる。


川口松太郎原作『人魚』の映画化で、浜は高等遊民の青年・中山仁を惑わすミステリアスな有閑マダム役。何度か〝すっぽんぽん〟になるが、2人で海中を泳ぎまくるシーンが印象深い。グラマラスな肉体が水を切って進んでいく様子は、それこそ人魚のようだ。


海辺のホテルでのカラミシーンも見もの。中山に美豊満をまさぐられると、彼女は上体をのけ反らせて悦びを表現する。腰まで伸びた長い髪が、体に絡みつき実に悩ましい。ちなみに、この作品は艶場面が多いことで成人指定された。


「当時のスタッフの話によると、女優として転機を迎えていたため、新たな挑戦として出演を引き受けたという。それだけ意欲的な作品だったが、残念ながら興行的にはコケてしまう。ソフト化もされていないので、目にする機会が少ないのは残念です」(前出の映画関係者)

こういう恋愛映画に出てみたい…

倍賞千恵子(81)の当たり役といえば、誰もが山田洋次監督の『男はつらいよ』シリーズ(69年~、松竹)における寅さんの妹・さくら役を思い浮かべることだろう。いつも周囲と摩擦を起こす不肖の兄を優しくたしなめ、心からいたわるその姿は、まさに〝理想の妹像〟だった。


しかし、そのイメージが強くなりすぎて、千恵子本人は多分に不安やストレスを感じていたようだ。背景には、女優としての生きざまが相違していた妹・美津子(76)の存在があり、彼女の影響も大きかった。


妹とは外見や性格が違うので、ライバル心のようなものはなかったが、美津子の女くさく、貪欲な姿勢には一目置いていた。そして、彼女が主演した85年公開の『恋文』(松竹、神代辰巳監督)を見て、自分もこういう恋愛映画に出てみたいと強く思ったようだ。すると、ちょうど『恋文』が公開された後に、大人の三角関係を扱った作品への出演依頼があり、渡りに船とばかりに快諾したという。


それが86年に公開された『離婚しない女』(松竹、神代辰巳監督)で、姉妹の共演作品。千恵子が恋に積極的な女、対して美津子が恋に踏みきれない女という、それぞれがこれまでのイメージを覆す役柄を演じた。劇中では姉妹で萩原健一との絡みがあり、千恵子のほうがハードに演じている。それは、こんな具合だ。


上半身裸の2人が、お互いに膝をついた格好で抱き締め合う。最初はディープキスから始まり、次に前のめりになった千恵子の頭越しに、萩原が彼女の背中を責める。その後、千恵子は上体を起こして、再度ディープキスに挑むのだが、この瞬間、彼女の右の横側から〝先端〟が二度ほどチラリと露出する。


千恵子本人は右腕でカバーできたと思っていたらしく、編集前の試写で見た際に「あっ、出ちゃった…」と声を上げた。それを聞いた萩原は、「自分でやりたかった映画だからしょうがないですよ。撮り直すわけにもいかないしね」と言ってのけたという。


「千恵子の体は正直、張りに欠けていた。でも、ミニスカでパンティーまで見せて、エロ度はかなり高い。新境地を模索していたのでしょう」(前出の映画記者)


本稿で取り上げた女優の中には、すでに故人となった者もいる。しかし、その姿は映像ソフトや名画座などで見ることができる。女優の魂は不滅なのだ。これを読んで興味を持たれた方は、ぜひ彼女たちの艶姿を見ていただきたい。