森永卓郎 (C)週刊実話Web
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財務省の超・上から目線~森永卓郎『経済“千夜一夜”物語』

2月22日、財務省の矢野康治前事務次官が、東京財団政策研究所が主催するイベントで基調講演を行った。


矢野氏は強烈な財政再建論者として知られるが、講演のなかでは日銀の金融緩和策についても言及し、「企業も個人も、低金利の絶大な恩恵を受けてきた。国債の利払い費も横ばいか、シフトダウンで済んできた」と金融緩和の効果を認めた。


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その上で、「日本経済全体がぬるま湯になり、ゾンビ企業の温存など経済全体を弱くしたことは間違いない。良かれと思ってしたことが、中長期的には逆だったという結果をよく反省すべきだ」と、大規模金融緩和を厳しく批判した。矢野前次官は、今後、強い財政引き締めと金融引き締めを求めたのだ。


注目は「ゾンビ企業」という言葉だ。矢野前次官は、景気対策がなければ存続できないような企業は、淘汰すべきと考えている。それが正しいかどうかは、100年近く前の世界恐慌時に重要な論戦が行われた。


一つは経済学者、ヨーゼフ・シュンペーターの清算主義、あるいは創造的破壊の理論だ。生産性の低い衰退企業を市場から退出させれば、解放された資源が成長分野に振り向けられ、新しい付加価値が創造されるとした。

日銀総裁には“悲惨な結果”も関係なし?

一方、アービング・フィッシャーは、デフレ期には本来生き残っていける企業までも破綻させてしまうデット・デフレーションが発生するので、財政・金融を拡張するリフレ政策が必要だと主張した。

私は、フィッシャーの考えのほうが正しいと考えている。いま、日本の企業経営は二極化している。過去最高益を上げ、社員の給与も大幅に引き上げる一部の勝ち組企業と、賃金を上げたくても原資がなく、ギリギリの経営を続ける負け組企業だ。


ただ、世の中には負け組企業のほうが圧倒的に多い。商店街の青果店、精肉店、食堂や銭湯など、我々の生活に密着した企業は、ほとんどが負け組だ。手取り所得が増えていない消費者に対して、高い売価を要求できないからだ。


例えば観光地では、外国人観光客の急増で、ラーメン1杯を3000円以上で提供する店も登場しているが、普通の住宅街でこのラーメンを提供しても、誰もついてこられないだろう。それどころか、いまなお500円以下でラーメンが食べられる店は、たくさん残っている。


もちろん、利益は最小限だ。そうした店をつぶすべきだろうか。一度、店をつぶしてしまうと、復活させるのは容易ではない。


また、清算主義の学者が主張するような生産性の高い分野への労働移動というのも、非常に困難だ。ラーメン店の店主がリスキリングでIT技術者になれるのか考えれば明らかだし、そもそもいまの日本では中高年の正社員への転職口が、ほとんどないのが現実なのだ。


いま日本経済は、GDPが2四半期連続で縮小し、実質賃金は21カ月連続のマイナスだ。


デフレの深刻化は明らかなのに、日銀の植田和男総裁は2月22日の衆院予算委員会で、日本経済はデフレではなくインフレと発言して、早期の金融引き締めを強く示唆した。


6月には「骨太の方針」で基礎的財政収支早期黒字化が打ち出される見込みだ。


デフレ下の緊縮は、悲惨な結果をもたらす。しかし、財務官僚や日銀総裁には関係のないことだ。彼らはどんな経済状況になっても、しっかりと天下り先が生活を支えてくれるからだ。