島田洋七 (C)週刊実話Web
島田洋七 (C)週刊実話Web

ビートたけしと2000万円ずつ持って車販売店へ~島田洋七『お笑い“がばい”交遊録』

漫才ブームの頃、フジテレビでザ・ドリフターズの加藤茶さんに初めて会ったんです。「最近、売れてるね」、「ありがとうございます」、「税金のことはきちんとしたほうがいいよ」、「なんでですか?」、「1割はテレビ局から源泉徴収で引かれて、あとは所得税も高いから」。


【関連】B&Bのギャグ「もみじまんじゅうー!」誕生秘話~島田洋七『お笑い“がばい”交遊録』 ほか

昔は、所得が高いと最高で税率が約70%だったんです。それまで高いギャラをもらったことなんてなかったから知りませんでしたよ。もちろん、税理士の知り合いもいなくて、加藤さんに紹介してもらいました。


税理士さんに帳簿を見せると、「これだけの収入があるなら税金で納めるより、家を建てるか車でも買ったほうがいいね」とアドバイスを受けました。


給料日、たけしと初めて車を買いに行きましたよ。お互いに2000万円の現金を持って。たけしはポルシェが欲しいと、港区の飯倉にあるショールームへ。佐賀や広島ではポルシェなんて見たことがなかったから、そのとき、初めてポルシェを知りました。たけしも「ポルシェを買えるようになるとは思わなかった」とこぼしていましたね。


ショールームで、たけしは買う車を即決。手続きをするため席に通された。2000万円を出すと、店員さんは「そんな大金はまだ出さないでください。自転車を買うんじゃないんですから」とあたふたしてましたね。


当時は輸入車に関税がかかり今より高かったんです。ひと通り車の説明を受けて、その日は頭金だけ払い「残りは後日、銀行振り込みでお支払いしてください」と言われてましたね。


浮足立った、たけしは買う車に乗りエンジンをかけショールームから外へ15メートルくらい運転した。すると、店員さんが慌てて「乗って帰らないでください」と止めていましたよ。


俺らは新車を買うのが初めてだったから、いろんな手続きを経て、ナンバープレートを取得してからでないと公道を運転できないことも知らなかったんです。

中古のセドリックの次に購入した自動車は…

次は俺の番。それまで中古のセドリックしか買ったことがなかったから、ベンツにしようと思ったんです。

ショールームを見回してもあまり気に入るのがなくてね。カタログを見せてもらったら、シャンパンゴールドのSLCが載っていた。それに決めたんです。


ただ、当時の付き人の知り合いが、ベンツの並行輸入の店を営んでいて、そこには現物があるというからそこで買うことにしたんです。10日後くらいかな、番組収録後、テレビ局で納車してもらったんです。


車の機能の説明を受けていると、ファンが殺到したから説明の途中でマネジャーが次の仕事場へ運転して向かいました。


その後、しばらく乗る機会がなかった。ある日、仕事終わりに、せっかくベンツを買ったんだから高速道路でも走ってみようと思い立ったんです。


運転中、急に雨が降り始めたからワイパーのボタンだと思って押すと、運転席の上の窓が開き、雨が直で入ってきましたよ。


オープンカーではないけど、屋根の一部がガラスになっていて、開くようになっていた。俺は最後まで車の説明を聞くことができなかったですから。


ともあれ、たけし同様、ベンツを買えるようになるとは思いもしませんでした。


島田洋七 1950年広島県生まれ。漫才コンビ『B&B』として80年代の漫才ブームの先駆者となる。著書『佐賀のがばいばあちゃん』は国内販売でシリーズ1000万部超。現在はタレントとしての活動の傍ら、講演・執筆活動にも精力的に取り組んでいる。