出不精の亡母が終生自慢気に語り誉れとしたのは、1988年に開業間もない東京ドームで最晩年の美空ひばりが敢行した〝不死鳥〟コンサートを客席で見届けた記憶だった。その意味で、たとえリアルタイムでその瞬間に立ち会えなくとも、せめて映像資料があくまで写真でなく動画でわずかでも残っていればと悔やまれる公演のいかに多いことか。
筆者にとっては暗黒舞踏派の開祖、土方巽とその一党が72年に集大成的に演じて語り継がれる『四季のための二十七晩』や、今や跡形もなき渋谷の小劇場「ジァン・ジァン」で俳優の中村伸郎が毎週末に出演者3人で興行を打ったイヨネスコの『授業』などと同様、いなそれ以上にフルで味わいたかったのが、故・八波むと志と三木のり平のコンビによる〝玄冶店〟のコント。歌舞伎の『切られ与三郎』をパロディーにしたやり取りで、これでもかとボケまくる与三郎役ののり平に蝙蝠安役の八波がひたすら突っ込みを入れて大爆笑をかっさらったという、60年の東宝ミュージカル『雲の上団五郎一座』での語り種の一幕だ。
凄腕喜劇人にして稀代の演出家でもあった三木のり平
もはや「江戸むらさき」でおなじみ桃屋のテレビCMで、三木のり平をモデルにしたイメージキャラクターをオリジナルと錯覚する世代が大半を占めようかとする現在。没後20年を超え、改めて新派・新劇・歌舞伎からあらゆる役者を向こうに回して何でもござれな凄腕の喜劇人にして、女優・森光子の代表作『放浪記』はじめ数々の舞台のみならず、果ては『キグレサーカス』まで手掛けた稀代の演出家でもあった彼の業績を、実子である著者だけでなく幾多の同時代人の証言も交えて振り返る立体的な構成がグイグイ読ませる。何もかもオンラインなこの時期だけに、〝生〟のかけがえのなさが身につまされる労作をぜひ。
(居島一平/芸人)
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