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鈴木健想「明るい未来が見えません」~一度は使ってみたい“プロレスの言霊”

鈴木健想 
鈴木健想 (C)週刊実話Web

元ラグビー日本代表候補として鳴り物入りで新日本プロレスに入団した鈴木健想(鈴木健三、KENSOの名義でも活動)。新日時代の試合は記憶になくとも、「明るい未来が見えません」の〝迷言〟を覚えているファンは多いだろう。

2002年1月、武藤敬司が新日本プロレス退団を表明すると、これに小島聡、ケンドー・カシンも追随。先に退社していた新日フロント陣と合流し、全日本プロレスに本格移籍することも明らかとなった。

会場人気やグッズ売り上げでトップを誇っていた武藤の移籍は、もちろん新日にとって大きな痛手だが、それ以上に問題となったのがフロント陣の移籍であった。退社に伴う引き継ぎもまともに行われなかったことから、経営のノウハウをごっそり全日に奪われてしまった格好となり、新日の社内は大混乱に陥った。

リングに登場した猪木が新日の経営陣を一喝

リング上を見ても、次世代エースと目されていた永田裕志が、前年の大みそかのミルコ・クロコップ戦でTKO負けを喫し、年が明けての1・4東京ドームでも、当時、プロレスリング・ノアの秋山準とのGHC王座戦にも敗退した。

プロレスvs格闘技だけでなく、新日vs武藤・全日、新日vsノアという構図の中で、今後の方向性が定まらず、社内においても藤波辰爾社長以下、誰が責任者とも分からないような混沌に包まれていた。

同年2月の北海道立総合体育センター大会は、そんな中で開催された。

「ファンたちに何かしらの説明を直接しなければならない」という使命感から、蝶野正洋はリングに猪木を呼び寄せた(それまで現場監督を務めていた長州力とその一派は、武藤らが退団した責任を追及されて失脚状態となっていた)。

猪木はリングに上がると、いつもながらの調子で「元気ですか!」と叫び、続けて「俺は怒っている」と、武藤らの退団に手をこまねく新日の経営陣を一喝。そうして蝶野に対しては、新たに現場監督となることを要求した。

「俺はプロレスをやりたいんです」と訴える蝶野に対して、「リングに怒りをぶつけろ」と答える猪木。どこか話がかみ合わない中、蝶野の「(俺と一緒にプロレスをやっていこうという奴は)ほかに誰かいないのか!」という呼びかけに反応して、中西学、永田、鈴木健想、棚橋弘至の4人がリングに参集した。

しかし、猪木からすればひよっこ同然の4人。当然のごとくリング上は猪木のペースとなっていく。

猪木「オメエも怒ってるか!」
中西「怒ってますよ!」
猪木「誰にだ?」
中西「全日に行った武藤です!」
猪木「そうか。オメエはそれでいいや」
猪木「オメエは!」
永田「すべてに対して怒ってます!」
猪木「すべてってどれだい? 言ってみろ。俺か、幹部か、長州か?」
永田「上にいるすべてです!」
猪木「そうか。奴らに気付かせろ」
猪木「オメエは!」
鈴木「僕は自分の明るい未来が見えません!」
猪木「見つけろ! テメエで!」
棚橋「俺は新日本のリングでプロレスをやります!」

猪木としては何が正解ということもなかっただろうが、それでも中西や永田のような答え、あるいは猪木に対して反旗を翻すような事態を想定していたに違いない。

そこで、悪い意味で際立ったのが鈴木だ。皆が何かしら団体のことを考えた上での発言であったのに比べ、鈴木は自分のことだけしか語っていない。

冬の時代到来を告げる木枯らし

ラグビーで活躍をしていたときに熱烈なスカウトを受け、請われてプロレス入りした鈴木にしてみれば、どこかに〝自分は特別〟との意識もあっただろう。

実際、2000年にデビューすると、そこからわずか4カ月でヤングライオン杯に優勝し、棚橋との「タナケンコンビ」として売り出されるなど、順風満帆なプロレス人生を送っていた。

後ろ盾として鈴木をプッシュした長州の失脚があったにせよ、それでも団体の中心選手となるべき存在であった。

そんな鈴木が、この発言とあっては猪木が突き放すのも当然のこと。観客たちからも冷笑が浴びせられた。「俺らこそ新日の未来が見えないんだよ!」というのが、ファンたちの偽らざる本心だったろう。

鈴木の「明るい未来が見えません」との言葉は、安定を求める社会人としては当たり前のものであったのかもしれないが、当時の新日ファンにしてみれば、きっと〝冬の時代〟の到来を告げる木枯らしのように聞こえたことであろう。

結局、鈴木は新日で大成することのないまま退団し、長州の立ち上げたWJプロレスに参加する。

しかし、同団体も給料未払いを理由に離脱すると、渡米してWWEとの契約に成功したものの、ここでも賃上げや休暇日数などの契約交渉が決裂し、1年ほどで退団となった。なお、WWEで人気が出たのは、ディーバとして「ゲイシャガール」に扮した浩子夫人のほうだった。

帰国後もさまざまな団体に参戦した鈴木だが、長く定着することはなく、現在はテレビ局でプロデューサーとして働いているという(一応、プロレス引退はしていない模様)。

《文・脇本深八》

鈴木健想
PROFILE●1974年7月25日生まれ。愛知県碧南市出身。身長191センチ、体重118キロ。得意技/ダイビング・ニー・ドロップ、スピアー、葉隠、葉隠Ⅱ、腰ひも攻撃。

 

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