【43年の取材録】(続)阪神・岡田彰布監督の人間力〜日本一の“将”にした仰木マジック〜
阪神タイガースを38年ぶりの日本一に導いた岡田彰布監督。その人間力に影響を与えた人物として野村克也、星野仙一がいたのは第1弾で触れた。そして、もう一人、範となったのが仰木彬だ。野球取材歴52年の老記者が岡田と仰木の秘話を初めて明かした!
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阪神・岡田彰布監督(66)にとって2023年の日本シリーズの相手がオリックスだったことは、ファンが想像する以上に感慨深かったはずだ。岡田とオリックスの関係は複雑で、阪神を追われ現役引退の危機に追い込まれていた岡田を拾ったのもオリックスなら、無慈悲な監督解任を味わわせたのもオリックスである。ただ間違いなく言えるのは、岡田にとってオリックスでの経験は阪神で成功するために必要なものであり、今回の優勝にも大いに役立っているということだ。
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岡田とオリックスの関係は1993年までさかのぼる。このシーズン終了後、岡田は阪神球団から戦力外通告を受け引退危機に追い込まれていた。前シーズンから体力の衰えが目立つようになり、加えて新庄剛志や亀山努といった新戦力が台頭していたチームの中で岡田の出場機会は激減。オフには、とうとう自由契約を通告されていたのだ。
阪神というチームはたとえ生え抜きのスター選手であっても紙屑のように放出してしまう冷徹な体質を持つ。江夏豊や田淵幸一を見ても分かるようにフロントとの折り合いが悪い選手はなおさらで、近年では鳥谷敬が引退勧告を受けて千葉ロッテへの移籍を余儀なくされている。入団時に将来の監督候補の約束手形を切っていた岡田も、その例外ではなかった。
自由契約となった岡田はまだ現役にこだわりがあり、契約してくれる球団を模索していたが、不運なことにこのタイミングであるスキャンダルに見舞われてしまう。当時、岡田はクラブのホステスに200万円を支払ったという不倫トラブルが週刊誌で報じられたのだ。
ただ、結論から言えば、これは岡田が完全な被害者の事件だった。金を払ったのは事実だが支払ったのは女に騙されていたためで、スキャンダル自体が自称・愛人の女が金銭目当てにでっち上げた作り話だった。事実、この話はその後、警察の強制捜査に発展しており、最終的に女が恐喝容疑で逮捕されている。
岡田の獲得を熱望
とはいえ、この時点で事件の真相は判明しておらず、すっかり悪役に仕立て上げられていた岡田に興味を持つ球団は皆無かと思われた。そこに救いの手を差し伸べたのが、オリックス・ブルーウェーブの仰木彬監督(故人)だった。「たかが女のことやんか。野球選手はグラウンドが勝負や。女のスキャンダル!? 気にするな! そんなこと言い出したら俺なんか数えきれんわ!」
仰木監督は、岡田のスキャンダルについて聞いた筆者の前でこう豪快に笑い飛ばしてみせた。不名誉なスキャンダルで引退寸前まで追い込まれていた岡田を救ったのは間違いなく仰木監督だった。
1993年オフ、オリックスの新監督に就任した仰木氏は岡田の豊富な経験と技術論を高く評価し、球団に獲得を要請していた。その情報をキャッチした筆者を含めたマスコミは岡田の女性スキャンダルも相まって情報収集に走っていた。
これは後になって分かるのだが、オリックスは本社の調査員を動員して岡田のスキャンダルを調査し、獲得に問題なしの決断を下したという。このときの情報が恐喝事件での立件につながったともいわれるが、いずれにしても仰木監督はそこまで岡田の獲得を熱望していたのだ。
「もう一度、オリックスで燃え尽きるまでやってみないか――」
仰木監督は岡田をこんな言葉で誘ったといい、私の前でも「岡田を獲得して勝負をかけたい」と発言してみせた。これに対し、岡田も「仰木監督の下で完全燃焼したい」と応えており、キャンプイン直前の1994年、オリックスに入団している。
意気に感じた岡田の言葉に嘘はなく、キャンプでは誰よりも熱心に練習に取り組む姿があった。その背中はオリックスの若手選手たちのいい手本となり、仰木監督が期待した以上の好影響を生んだ。
「今は好きな野球ができるのが嬉しくて仕方ないです」
筆者に嬉しそうに話す岡田の笑顔が強く印象に残っている。阪神のスター選手として常に陽の当たる道を歩いてきた岡田にとって、オリックスでの経験は野球観を大きく広げてくれる貴重な時間だった。
恩返しの日本シリーズ対戦
何より仰木彬という稀代の名将の下でやれたことは、後に指導者としての財産にもなったはずだ。選手の自主性を尊重する仰木の野球観はよく知られている。管理野球が当たり前になりつつある中で、「野球選手にプライベートは関係ない」「どんどん飲みに行け! 門限なんて気にしているようでは大物になれん」と選手に言っていたほどで、管理すれば反発するが、自由にやらせれば自覚した選手が力を発揮するという操縦術は岡田になかった要素だ。若手の頃から頑固で自分の意見はめったに曲げようとしなかった岡田が人の意見にも耳を傾ける柔軟さを身につけたのも、豪快でおおらかな仰木監督の影響が少なからずあったに違いない。
この年のオリックスは仰木監督がレギュラーに抜擢したイチローが初の規定打席に到達し、日本新記録の年間210安打を放つなど大爆発。最終順位は2位に終わったが、翌年にはブルーウェーブになって初のリーグ制覇を果たすことになる。この優勝を花道に現役引退できたことは岡田にとっても幸運だった。
引退した岡田は仰木監督の下でリーダーとしての基礎も学んでいる。仰木監督は引退を決めた岡田に「指導者の勉強もしていけ」と二軍助監督兼打撃コーチの席を用意し、岡田は2年間にわたって指導者としての経験を積むことができた。
そこでは選手の育成やメンタル操縦術だけでなく、データ解析を活用した現代野球も目の当たりにした。豪快な印象が強い仰木野球だが、そのベースにあったのは単なる根性や閃きではない。仰木監督が好んだ日替わり打線はさまざまなデータを読み込んで熟考したうえで組み立てられていた。
その後、岡田は1998年に二軍助監督兼打撃コーチとして阪神に復帰し、2004年から監督として阪神を率いている。2008年に阪神を離れた岡田を監督として迎えたのもオリックスで、2010年から3年間にわたって監督として指揮を執っている。
ここでも思うような結果が残せず最後は追われるように監督辞任しているのだが、岡田が仰木イズムを自分の中に取り入れて指導者として実践できるようになるには、まだ時間も経験も足りなかったのかもしれない。実際、オリックス時代までの岡田は、選手から「監督が怖くて、みんな萎縮して打てません」と言われるほど選手との信頼関係は希薄だった。
しかし時は流れ、岡田の中で熟成した仰木監督の教えは、若い猛虎軍団で見事に実を結んだ。岡田が現役だった頃に比べれば選手たちの気質は大きく変わっているが、岡田が以前のままであればここまで若手が実力を発揮することはなかっただろう。
2023年の岡田は「俺たちの時代とは違い、うちの選手は自らのトレーニングの仕方や食生活に神経を使っている。監督の言うことは興味深く聞くし、素直でいい子ばかりだ。もう孫みたいなもんやな。おん」と話し、選手のプライベートに関しては一言も注文を付けなかった。
岡田は仰木監督との出会いについて「野球人生の活路を見いだした」と公言しており、筆者の前でも「俺の野球人生は仰木さんのおかげで長続きした」「監督をやっていくうえでオリックスでの監督体験は今になってすごく役に立っている」と常にリスペクトを口にしている。
岡田にとって2023年の日本シリーズは、まさに仰木監督とオリックスへの恩返しの戦いだった。
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