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「ドタバタ官邸24時」 菅首相が主導権を握れない…政治ドキュメント

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「何でこんなにバタバタしているんだ。この政権は」

自民党幹部はこう溜息をつくしかなかった。東京五輪・パラリンピック組織委員会の森喜朗会長が女性蔑視発言で引責辞任する意向を固めた2月10日、元日本サッカー協会会長の川淵三郎氏に後継就任を要請。しかし、密室での人選だと批判を受けて川淵氏が就任を否定し、白紙に戻った。

問題発言があったのは3日。当初、菅首相は「政府から独立した公益法人」として静観の構えだった。だが、国内外での批判の高まりに、首相官邸としてようやく調整に乗り出したものの、辞意を固めた森氏は、すでに川淵氏への流れを作り出していた。

官邸の内情に詳しい政府関係者によると、首相は「若手や女性にできないのか」として、事務方に組織委側と調整するよう指示。首相の念頭にあったのは「JOC理事の小谷実可子氏か、前スポーツ庁長官の鈴木大地氏」だった。

共に五輪のメダリストで、年齢は50歳台と若く、首相は適任と考えたようだ。だが、組織委側に意向を伝えただけで、それ以上の関与はできないまま、その後の「前代未聞のドタバタ劇」となった。首相の指導力の欠如が傷口を広げたと言っていい。

菅政権はコロナ対策で後手に回り、国民の強い批判を浴びたが、1月以降に政権内で起こった不祥事や問題は他にもある。自民、公明両党幹部らがコロナの緊急事態宣言下の深夜に、東京・銀座の高級クラブを訪れ会食した問題や、菅首相の長男が部長職を務める放送関連会社『東北新社』による総務省幹部の接待問題がそれだ。

銀座クラブ問題では、自民党の松本純国対委員長代理が、田野瀬太道文部科学副大臣と大塚高司国対副委員長を同行していたにもかかわらず、「1人で行った」と虚偽の説明を行い、火に油を注いだ。3人は役職を更迭され、自民党を離党したが、首相自身のステーキ会食問題と相まって、松本氏らの特権的な振る舞いへの国民の怒りは凄まじかった。

首相長男の接待問題も深刻だ。総務省幹部に5年間であまたの接待を重ね、タクシー券や手土産なども渡していた。放送利権絡みと受け取られるのは当然で、国家公務員倫理規程に違反するだけでなく、職務権限の観点からそれ以上の不祥事に発展する可能性もある。

不祥事の続発により、大手メディアの世論調査で内閣支持率は軒並み30%台に低迷。自民党支持率は30%台でまだ高水準ではあるが、40%台を維持していた頃の勢いはない。

先の政府関係者によると、菅首相は昨年12月以降、4月25日に行われる衆参両院の補欠選挙に合わせての衆院解散・総選挙を模索していたという。

「2021年度予算は3月最終週に成立します。直後に解散し、4月13日公示、25日投開票という日程を前提に、自民党に情勢調査を行わせていました。1月の結果は、自民党は30~40議席減らすものの、自公で270~280議席は取れるという内容で、コロナが収まり、情勢が好転すれば『伝家の宝刀』を抜く可能性はあったのです」

だが、相次ぐ問題を受け、自民党が過半数割れする恐れが出てきたため、首相は断念。当選同期の盟友である山口泰明選対委員長に伝えたという。

五輪開催はバイデン政権頼み

こうした状況の中、今後はどのような展開になっていくのか。巷間言われているように①コロナ感染の収束②東京五輪開催の決定③4月の衆参両院選挙の3つは、菅政権がどうなっていくかを占う判断材料となるのは間違いない。

コロナ感染収束は、具体的には緊急事態宣言を3月7日の期限までに全面解除できるかどうかだ。できなければ、コロナ対策の不首尾の責任を問われるだけではない。青息吐息の運輸・観光業、休業や時短営業を余儀なくされている飲食業がさらにダメージを受ける。日本経済全体に大きな影響を与えるのは必至だ。

官邸で取材する全国紙記者によると、菅首相は中京、関西の5府県は2月中に前倒しで解除するものの、首都圏の4都県はギリギリまで宣言下に置くつもりだという。

「ワクチンに命運を懸ける首相は、2月17日に医療関係者らへの先行接種が始まったコロナワクチンの接種態勢の整備をにらんでいます。ワクチンの量も確保し、解除後、スムーズに全国展開できるよう関係部局に作業を急がせています」

先行接種が始まったのは米製薬大手のファイザー製のワクチンだが、世界で争奪戦となっており、早くも安定供給が困難視されている。そこで首相は、3月中が見込まれる英アストラゼネカ製ワクチンの承認と接種開始の時期が固まるのを待っているという。

アストラゼネカ製は日本の製薬会社による委託製造が決まっており、契約の1億2000万回分のうち9000万回分がそのまま国内向けに供給される見通しだ。首相は、アストラゼネカ製ワクチンの供給に見通しを立てた上で首都圏の宣言を解除。4月から始まる高齢者へのワクチン接種の進捗状況をにらみ、早ければゴールデンウイークに合わせ、『GoToトラベル』を一部で再開するスケジュールを描いている。

ただ、国民間にはコロナ疲れが広がり、一部地域では1日当たりの感染者数が下げ止まり傾向にある。英国型やブラジル型などの変異株の感染拡大も懸念されており、春以降に「第4波」に襲われれば、菅政権にとってまさに致命的となる。

菅首相がコロナの収束と同様に気を揉むのは、東京五輪開催の可否だ。3月10~12日にギリシャ・アテネで国際オリンピック委員会(IOC)の総会が予定されている。それまでにコロナ感染収束にめどを付け、緊急事態宣言を全面解除しなければ、安全安心の大会開催をアピールできない。組織委の態勢立て直しも当然、急務だ。

世界の1日当たりの感染者数は、1月のピーク時に比べて大きく減少し、米国や欧州などでワクチン接種が進んでいるとはいえ、開催への反対論や懐疑論は国内外で強い。だが、別の政府関係者によると、何よりも首相にとって気掛かりなのは、五輪開催の最終判断に最も影響力があるとされる米国から「強いメッセージが出ていない」こと。

菅首相は、バイデン大統領が開催について「科学に基づいて判断すべきだ」と述べるにとどめ、米国として明確に支持表明していないことに「気を揉んでいる」という。1月28日の日米首脳電話会談で、日本側は事務方による事前の議題設定で「東京五輪成功へ協力」することを提案したが、米側は「優先すべき議題がある」として除外された。

米国内で五輪の独占放映権を持ち、IOCにも強い影響力を持つNBCが五輪開会式を生中継する方針だと、2月中旬になって伝えられたとはいえ、最終的にバイデン政権が否定的な姿勢に転じれば、東京五輪開催は絶望的となる。

菅首相が二階幹事長と距離

政権の行方を決める3つの判断材料の最後は、4月の衆参両院選だ。収賄の罪で在宅起訴された吉川貴盛元農相の議員辞職に伴う衆院北海道2区、立憲民主党の羽田雄一郎氏のコロナ感染による落命を受けた参院長野選挙区の2つで、これに買収の罪で有罪判決が確定した河井案里元参院議員の失職による参院広島選挙区の再選挙が加わった。

北海道は候補を立てないため不戦敗で、長野は苦戦が必至。自民党の選対幹部は「広島は買収事件で徹底的に批判されるので悩ましい」としており、3戦全敗の可能性もある。1つも勝てなければ、政権へのダメージは計り知れない。

ただ、通常国会における野党の追及が迫力不足となっていることは、菅首相には好材料だ。全国紙政治部デスクが話す。

「きっかけは立憲民主党の蓮舫代表代行の質問ですね。1月27日の参院予算委員会で、コロナ対策について『そんな答弁だから、言葉が伝わらないんです』と首相を徹底批判しましたが、居丈高すぎるとネット上で批判を集め炎上しました。逆に首相は『少し失礼ではないでしょうか』と本音を語り、同情を集めました。ここから野党は、どうも腰が引き気味になった感じがあります」

コロナという国難には与党も野党もないという建前からか、衆院予算委で質問に立った枝野幸男代表も厳しさに欠けた。コロナ対策の特別措置法改正案は、与党が野党案を「丸のみ」したものの、世論調査では成立が評価され、菅政権の得点になった。

「首相は答弁を不安視されていましたが、徐々に調子をつかんで、このまま行けば大きな波乱もなく、予算案は3月初めにも衆院を通過します」と先のデスク。年度内の予算成立も確実になるので、これも首相にとって追い風になる。

首相に近い自民党無派閥の若手議員は心中をこう代弁する。

「コロナはコントロール下に入りつつある。IOCは、無観客か観客制限をすれば五輪開催は可能との判断を維持している。4月の選挙は、広島はもともと野党が弱いので、全力で当たれば勝てる」

首相はあえて前向きに受け止め、その先の展望を描こうとしているという。いわば反転攻勢の青写真だが、1つは「脱炭素」と「デジタル化」を柱とするスガノミクスの推進だ。さらには、日本国内でのワクチン生産が軌道に乗れば、途上国にワクチンを供給する国際的枠組みを通じて一定量を供給し、貢献をアピールするつもりだという。

永田町にも目を向けると、「菅おろし」を未然に防ぐため、政局の主導権を握るべく、菅政権を支える二階俊博自民党幹事長と距離を置き始めているという。

二階氏の選挙区である衆院和歌山3区へのくら替えを目論む世耕弘成参院幹事長や、二階派重鎮の河村建夫元官房長官の同山口3区から出馬する構えの林芳正元文部科学相ら反二階の動きについて、首相は止めることもなく容認している。

2人は安倍前政権の閣僚として、官房長官だった菅首相とは気脈が通じており、「菅首相は衆院選後の続投と世代交代を見据えている」(若手議員)のだ。

菅首相が正念場を迎えているのは間違いない。そして、次のヤマ場は7月の都議選となる。立ち塞がるのは、「天敵」小池百合子都知事。首相にとってイバラの道はまだまだ続く。

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