上原浩治「雑草魂」~心に響くトップアスリートの肉声『日本スポーツ名言録』――第78回
2019年に現役を引退した後も、野球解説やバラエティー番組などで目にする機会の多い上原浩治。その実績は突出しており、日米通算134勝、128セーブ、104ホールドを達成し、22年には名球会に〝特例〟としての入会を果たしている。
「2000年以降のMLB(大リーグ)各球団で最も過小評価されている選手たち」と題した米スポーツ専門メディアの特集で、ボストン・レッドソックス時代の上原浩治が取り上げられたことがある。記事では上原を「近年の支配的なリリーフ投手」と高く評価する一方で、先発投手ではないためにファンやメディアの注目度が低くなりがちであると指摘している。
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13年の途中からクローザーを任された上原は、レッドソックスの地区優勝、ワールドシリーズ優勝のいずれも最後を締めくくった。MLBで地区優勝を決めた日本人投手は、シアトル・マリナーズ時代の佐々木主浩に続く2人目。ワールドシリーズ優勝の瞬間にマウンドに立っていたのは日本人初の快挙である(ちなみに日本のメディアでは〝胴上げ投手〟と表現することが多いが、アメリカに胴上げの風習はなく、実際にはチームメートたちが上原に駆け寄って揉みくちゃにしている)。
ただし、年齢的な問題や故障もあって、クローザー専任だったのは15年前半までの約2年ほど。MLBでのキャリアの多くはいわゆる中継ぎで、その評価の低さについては上原自身も「抑えて当たり前、打たれたときだけ記事になる」と嘆いていた。
確かに日本における〝歴代最高の投手〟といった各種アンケートでも、上原が上位にランクされることは少ない。
抜群の制球力を示す驚異の数値
やはり途中でリリーフに転向したことが大きな理由の一つで、先発としては巨人に入団した99年の20勝4敗が最高の数字。同年には最多勝、最優秀防御率、最多奪三振、最高勝率の投手主要4部門を制したうえ、新人王、沢村賞、ベストナインなど数々のタイトルを独占している。だが、勝ち星に限って言えば、故障で通年の活躍ができなかったことも多く、以後はこれを超える数字を残していない。07年にはリリーフで一定以上の結果を出したが、これはチーム事情から急きょ抑えに回されたもので、上原自身は「先発が一番好きだ」と言ってはばからなかった。
また、直球の平均球速は全盛期でも140キロ半ばで、最高でも140キロ台後半。変化球のほとんどはフォーク(スプリット)だったが、これも前出の佐々木や野茂英雄のようにド派手な落差があったわけではない。これらもファンの印象に残り難い理由だろう。
だが、上原のストロングポイントは、人並み外れた制球力にあった。
9回を投げて(1試合27個のアウトを取る間)いくつの四球を与えてしまったかを表す「BB9」という指標で見ると、上原は日本の1500イニング以上投げた投手の中で歴代1位の1.20。つまり9イニング投げても、ほぼ1個程度しか四球を出さなかったことになる。
2位は東映で162勝を挙げた土橋正幸で1.21。これだけを見れば微差のようだが、さらに加えて奪三振数と与四球数を対比した「K/BB」という指標を見ると、印象が大きく異なる。一般には3.5(四球を1回出すまでに3.5回三振を奪う)を超えれば球威にも制球力にも優れた投手とされるが、上原はこの数字が巨人時代で6.68、リリーフ中心の登板だったMLBでは7.33にもなる。
いわゆる置きに行った球ではなく、腕を振り切ってしっかり投げ、なおかつコントロールも良かったことの証拠だ。日本でBB9が2位の土橋でさえK/BBは4.61だから、上原がいかに飛び抜けているかが分かるだろう。1シーズン限定でなら上原以上のK/BBを記録する投手もいるが、上原はおよそ20年間の現役生活を通じてこの数値なのだ。
挫折をプラスに変えた野球人生
上原の突出した制球力については、06年の第1回WBCや08年の北京五輪でバッテリーを組んだ里崎智也も、「構えたところにほとんどボールが来るから、配球を組み立てやすかった」と絶賛している。球の出どころが分かりにくい投球フォームから速いテンポで、直球もフォークも正確にコントロールして次々とストライクゾーンに投げ込んでいく。配球を読みづらく、待球作戦も効果がないのだから、打者にすればこれほど攻略が難しい投手もいない。
13年シーズンは投球回数の少ないリリーフだったために、最多勝など目立った年間記録にこそ表れていないが、連続アウト37人(MLB史上10位、リリーフ投手では2位)、連続無失点27試合、連続無失点イニング30回3分の1など、とてつもない数字を残している。
上原はその制球力がアップした理由の一つに、高校時代に務めた打撃投手の経験を挙げている。
「打撃投手はすべてストライクを投げなければならない」「ど真ん中に投げるコツが分かればコースの投げ分けもできるようになる」と話す上原は、プロ入り後も「打者がいないブルペンで投げるよりも実戦感覚が養える」と、自ら望んで打撃投手を務めたという。
ただ、上原が高校時代に打撃投手をしていたのは決して自主的なものではなく、他にエース(日本ハム、MLBなどで活躍した建山義紀)がいたためだった。
高校卒業後、上原は大学受験に失敗。浪人中は予備校と並行してジムに通い、家計への負担を減らすため夜は道路工事のアルバイトをしていた。
座右の銘「雑草魂」は、とてもエリートとは言えないこれらの経歴を踏まえた言葉だが、それは確かに後の成功の糧となった。苦労をしてもやたらと落ち込まず、決して前進をやめない。そんな前向きで明るい性格こそが、上原最大の武器だったのかもしれない。《文・脇本深八》
上原浩治 PROFILE●1975年4月3日生まれ。大阪府出身。東海大仰星高から大体大を経て98年ドラフト1位で巨人に入団。1年目から20勝4敗の好成績を残し、2009年にメジャー移籍。オリオールズ、レンジャーズ、レッドソックスなどで活躍した。
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