【43年の取材録】阪神・岡田彰布監督の人間力〜野村克也、星野仙一から受け継いだ野球道〜
阪神タイガースがオリックス・バッファローズとの関西ダービーを制し38年ぶりの日本一に輝いた。就任1年目にしてチームを頂点まで導いた岡田監督を現役時代から取材し続けてきた伝説のスポーツ紙記者が、その人間力と2人の名将との交流秘話を明かした!
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伝説の1985年以来の日本一に地元・関西は大盛り上がりだ。大阪・ミナミの繁華街にある道頓堀川には37人が飛び込む騒ぎとなったが、最終第7戦までもつれ込んだ日本シリーズはそれだけ見応えのある好ゲームの連続だった。
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そんな激闘の中で光ったのが、岡田彰布監督(66)の見事な采配だった。特に、驚かされたのが第4戦のサヨナラ勝ちを呼び込んだ湯浅京己のリリーフ登板だ。湯浅はシーズン中の不調で二軍落ちしており、6月以来のぶっつけ本番。阪神ファンからは悲鳴が上がったほどだが、結果は見事に抑え切ってみせた。
岡田監督は試合後に「(登板は)決まっていた」「フェニックスでずっと抑えてたからな」と、10月の宮崎・教育リーグでの好投を踏まえた上での起用だったことを明かしていた。あの場面で湯浅を起用した決断力には脱帽である。
そしてこの采配こそ、他人に何を言われようが自分の信念を決して曲げない岡田監督の真骨頂といえるだろう。3番に起用したルーキー森下翔太の大活躍も岡田監督の我慢が呼び込んだものだ。森下は第6戦まで打率2割と苦しんだが、最終戦で3安打2打点するなど勝負強いバッティングで日本シリーズ新人最多打点となる7打点を記録してみせた。
その一方、チームリーダーとして期待をかけてきた佐藤輝明が精彩を欠くとあっさり途中交代させ、「え、奮起待つて、もうあんまり試合ないで」と突き放す冷静さも見せるのが岡田流だ。
選手の性格や調子だけでなく、シーズンを通して野球に取り組む姿勢まで把握していたからこその采配だろう。まさに岡田監督の人間力がもたらした日本一だったといえる。
筆者は岡田氏が阪神に入団したルーキー年(1980年)から長年にわたって取材してきたが、基本的に岡田氏の性格は変わっていない。ただ、指導者として成長したことは間違いなく、そこには2人の名将との出会いが大きく影響したと考えている。
1人は1999年から3年間にわたって阪神監督を務めた野村克也氏。もう1人は野村氏の後を継いで2002年から阪神の指揮を執った星野仙一氏だ。野村氏も星野氏も鬼籍に入ってしまったが、岡田氏はこの2人の監督の下で二軍監督や一軍コーチとして働く中で「勝つためのDNA」を受け継いだのだ。
ID野球でヤクルトの黄金時代を築き上げ、名監督の名をほしいままにしていた野村氏が監督になった頃の阪神はまさにドン底だった。岡田氏は95年に引退し、オリックスで二軍助監督兼打撃コーチを経験した後、98年に阪神に復帰しており、二軍監督や兼任の打撃コーチとして野村ID野球に触れることになった。
もっとも、2人の関係は決して良好だったわけではない。野村氏は記者に岡田氏について聞かれると、藤山寛美を引き合いに出して「同じ顔だし、同じようなしゃべり方だろう? 横にいると弟みたいや」とおどけるような親近感を持っていたが、岡田氏はもっとドライに野村氏を見ていたはずだ。
象徴的だったのが主力だった今岡誠(現真訪、現一軍打撃コーチ)をめぐる扱いだ。野村氏は今岡のプレーぶりに不満を持ち「やる気が見られない! 声を出さない」と二軍行きを命じたことがあった。しばらくして調子が上がってきた今岡を一軍に上げるよう指示したのだが、今岡は「一軍に上がりたくありません。あの監督とは野球をしたくない」と猛反発したのだ。下手をすれば、干されてトレードや戦力外に発展しかねない首脳陣批判である。
ところが、二軍監督だった岡田氏は今岡の言葉を野村氏に伝えず「今岡は足首を捻挫している」と嘘の報告をして、事がこじれるのを未然に防いだのだ。オフレコの約束だったため、すぐ記事にはしなかったが、筆者はリアルタイムでこの状況をつかんでおり、自分の職務を曲げてまで今岡を守った岡田氏の大胆さに感心させられたことをよく覚えている。
岡田氏は後に著書『頑固力』で「どちらかと言えば、野村さんと自分の考えは正反対なのかもしれない」と告白しているが、それでも野村氏からは多くのことを学んだはずだ。選手との距離感やグラウンド外での振る舞いなど、野村氏を反面教師にすることで、自身の指導者としてのスタイルを作り上げていったのだ。
例えば、マスコミを使って選手に檄を飛ばすのは野村氏が得意にしたやり方だが、今岡の一件のように余計な反発や誤解を生みかねない。だから岡田氏は選手に対し厳しいコメントをする際には嫌味にならないよう細心の注意を払っている。
星野さんの下で勉強したい
もともと、阪神タイガースというチームは伝統的に内紛が多く、それがお家芸といってもいい。人気球団だけに番記者も多く、ちょっとした発言がメディアに書かれることで問題が大きくなる。メディアに載らなくても記者の口を通じて、伝言ゲームのように広まる言葉が誤解を生み、チームの内紛につながったことも一度や二度ではない。そんな阪神の体質を熟知している岡田氏はできる限り自分の言葉を使ってはっきり伝えようとする。自分の言葉が間違って伝わることを嫌い、活字になる際には内容が曲解されないよう報道内容を一字一句チェックするよう広報担当者に要請しているとも聞いた。
岡田氏のコメントが載った記事で必ず「おん〜」の口癖までしっかり書かれているのは、「コメントはできる限り正しく伝えてくれ」という岡田氏ならではの希望があるからだ。
今シーズンの阪神がお家芸の内紛と無縁だったのも、こうした岡田氏の細やかな配慮があったからだろう。日本一の胴上げで選手全員が岡田監督に顔を向けていた姿からはチームの結束力が垣間見えた。
指導者としての岡田氏を語るうえでもう1人、外せないのが星野仙一氏との関係だ。
「久万(俊二郎)オーナーから、次期監督はお前(岡田氏)にするのでそれを踏まえてくれと言われた。俺は一度、外で勉強した方がいいと思う。よければNHKを紹介するぞ!」
「僕は星野さんの下で勉強したいです。この意思は変わりません」
2001年暮れ、阪神監督に就任することが決まった星野氏は水面下で組閣に動く中で岡田氏と会っていた。大学時代からの親友の星野氏から直接、会談の内容を明かされた筆者は、その生々しさに身震いした記憶がある。
当時の岡田氏は前年までの野村体制下で二軍監督を務めており、星野氏はそんな岡田氏の処遇に頭を悩ませていた。阪神監督を引き受けるにあたり、中日時代から腹心だった名参謀の島野育夫氏を引き抜いてヘッドコーチに迎え、同じく大学時代からの親友で阪神OBの田淵幸一氏をチーフ打撃コーチにすることも決めていた。
一方の岡田氏は、星野氏が中日で行っていた鉄拳制裁のようなやり方に疑問を持っていたことを後に告白している。こうした空気感は口にしなくても伝わるもので、星野氏も岡田氏と野球観が合わないことは分かっていたのだろう。
かと言って入団時の密約で将来の監督を約束されていた岡田氏と対立するわけにもいかない。そこで星野氏は岡田氏を一旦球団の外に出そうとしたのだが、岡田氏の返事は前述のように予想外のものだった。
「岡田はハッキリと自分の考えを主張して、俺のNHKの紹介を断ったよ。ワシと島ちゃん(島野氏)の野球観に興味があったみたいだ」
岡田氏の意志は固く、星野氏が折れた形だ。この話を筆者にする星野氏は、どこか嬉しそうだったことを覚えている。
1年目は二軍監督、2年目は一軍内野守備走塁コーチとして三塁コーチも任された岡田氏は野球観の違いを飲み込んで星野氏に忠誠を誓い、異論を唱えることなく職務をこなした。岡田氏の三塁コーチャーは他球団から「判断に間違いがない」と警戒される存在になるなど、勝利に貢献した。この年(2003年)、星野阪神は18年ぶりのリーグ制覇を果たしている。
成長〝ジジ殺し〟の老獪さ
優勝の翌年、星野氏は持病の高血圧が悪化したこともあって監督を退任し、オーナー付シニアディレクター(SD)に就任することになる。そこで後任監督に指名したのが岡田氏だった。1年目には星野SDとの確執が報じられ、筆者は兵庫県西宮市の自宅で岡田氏を直撃したこともあったが、当時の取材メモにはいかにも岡田氏らしいやり取りが残っていた。
「仙ちゃん(星野SD)と確執があると言われてるね」
「そんなことないで。自分の考えを正直に伝えているだけや。マスコミは星野さんの顔色ばかり窺っとる。俺らはなんやねん」
「V逸なら本当に監督を辞めるの?」
「言うわけないやん。選手たちに『責任は俺が取るから思い切りやれ』って言ったのが辞める報道になったんや。星野さんとはなかなか話したくても話せなかった。球団が俺との関係を煽って俺を辞めさそうとしとるんやろ」
生前の星野氏は岡田氏のことを「あいつは将来、凄い指導者になるぞ」と何度も口にしていた。当時はピンとこなかったが、今ならよく分かる。周囲がなんと言おうと自分の意思を貫くのは『人間・岡田彰布』の真骨頂だ。
初年度こそBクラスに沈んだものの、翌年(2005年)には優勝を果たしてみせたのもさすがだった。もっとも、この性格は岡田氏を阪神監督の座から遠ざける一因にもなってしまう。
星野氏も「岡田は自分の主張を理路整然と言うから球団幹部に嫌われるんだよな〜」と分析していたが、阪神球団は岡田氏の実直すぎる性格を嫌い、監督起用を避け続けた。第一次政権での成績は4位、1位、2位、3位、2位と悪くはなかったが、08年を最後に阪神から離れると、以後18年間にわたって岡田氏に監督の〝お声〟が掛かることはなかった。
そして今回、満を持して復帰したわけだが、もともと政治的な動きをするタイプではない岡田氏が、阪神で監督をやる最後のチャンスをモノにするため、阪急グループ派のトップに『自分を監督にすれば、今のメンバーなら優勝できる』と宣言し、球団幹部を入れ替えさせた手腕には驚いた。筆者はそこに「ジジ殺し」と言われた星野氏の手法を身につけた岡田氏の老獪さ=成長を見た。
いずれにしても、生来の人間力に加え、野村、星野という百戦錬磨の名将から勝利のDNAを受け継いだ岡田氏もまた、名将の仲間入りを果たしたようである。
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