森永卓郎 (C)週刊実話Web 
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5年延長される国保納付期間の影響とは~森永卓郎『経済“千夜一夜”物語』

増税批判が相当こたえたのだろう。10月30日の衆議院予算委員会で、岸田総理は政府の少子化対策に関して「所得を増やすなかで、国民の負担率は決して増やさないよう制度を構築していきたい」と述べた。


しかし、再来年、100万円という巨額の負担増が予定されている事実をご存じだろうか。政府は国民年金保険料の納付期間を現在の60歳までから、65歳までに5年間延長する方針を打ち出し、社会保障審議会の年金部会で審議が行われている。だが、誰一人として反対する委員がいないので、このまま行くと再来年から施行になりそうだ。


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国民年金保険料は現在、月額1万6520円だから、5年分で約100万円だ。配偶者の分も加えると、200万円とメガトン級の負担増となる。なぜこんな話が出てきたのか。


私は国家公務員の定年延長が原因だと考えている。国家公務員の定年年齢は、今年から2年に1歳ずつ引き上げられ、2031年に65歳となる。民間企業の場合は、60歳で定年を迎え、その後も継続雇用される場合、年収は半額以下になるのが通例だ。ところが、国家公務員は定年前の7割の報酬が保証される。それだけでかなりのお手盛りなのだが、さらなる悪知恵が浮かんだようだ。


公務員は65歳まで厚生年金に加入し続けることになる。厚生年金の保険料のなかには、国民年金保険料が含まれているとみなされるので、定年延長後の公務員は、国民年金保険料を支払う必要がない。これまでの制度では、60歳までで国民年金は全期間納付が済んでいるので、厚生年金保険料に含まれる国民年金保険料相当分は、60歳以降ドブに捨てることになっていた。ところが、国民年金保険料の納付期間を65歳まで延長すると、納付月数が増える。受け取る基礎年金が理論上12.5%も増える。その結果、国民年金保険料を支払わない公務員は負担なしで、給付増を手にすることができるのだ。

国民に罰金“200万円”

それでは、この給付増を誰が負担するのか。それは、もともとの国民年金加入者だ。具体的に言えば、自営業主や家族従業者、フリーランス、そして無職の人たちだ。岸田総理は、厚生年金の第三号被保険者制度の見直しも表明しているから、専業主婦も対象になる可能性が高い。

その中で、一番影響を受けるのは、60歳の退職と同時に引退しようとしているサラリーマンだろう。彼らは、60歳で引退というライフスタイルを選択しようとするだけで、配偶者の分も含めると、200万円もの「罰金」を取られることになるのだ。


私の同級生たちをみていて感じるのは、最も豊かな老後生活を送っているのは、60歳引退を選んだ人たちだ。彼らは、まだ体力が十分残されている60代前半の5年間を、これまで我慢してきた旅行や趣味やさまざまな活動で楽しんでいる。もちろん60歳で引退すると、公的年金も繰り上げ受給で減額されるので、決して金銭的に豊かな暮らしができるわけではない。それでも、残り短くなった人生を謳歌して過ごすのだ。


今回の国民年金納付期間延長は、そうした人生の選択肢を奪い去ることになる。公務員の負担なしの年金給付増はそうした犠牲の上に達成されるのだ。もちろん犠牲者は自営業の人も同じだ。公の奉仕者である公務員は、その強欲さを恥ずかしいと思わないのだろうか。