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『時代劇入門』(角川新書:春日太一 本体価格900円)~本好きのリビドー/悦楽の1冊

『時代劇入門』(角川新書:春日太一 本体価格900円
『時代劇入門』(角川新書:春日太一本体価格900円

どんなジャンルの興隆にも、一人の淀川長治が必要に違いない。

ごく素朴な初心者の群れを、海のごとき無限の寛容さで両手を広げて迎え入れ、とにかくファン層全体の据野が豊かに広がるのに腐心する。その上で次第にお客の目が自然に肥えてくるよう、絶妙な道案内ぶりでより高みへと導いてゆく。終始笑顔を絶やさぬ最も頼りになるシェルパのような存在こそ、映画好きにとっての淀川長治だったとすれば、著者は本書で時代劇におけるその役割を全力で引き受ける覚悟とみた。

NHK大河ドラマを除き、地上波テレビからレギュラー番組としての時代劇が姿を消して久しい。古臭い、ワンパターン、小難しそうと敬遠する向きの読者を想定して、そこは「なんとなく」「とりあえず」でいいからと宥めすかしつつ、改めて〝時代劇〟とはそもそも何かを芸能史に沿って定義し、その盛衰をよどみなく整理して語る第一部から第二部までの手際がまず見事で鮮やか。まさに無想正宗(眠狂四郎の愛刀!)か同田貫(『子連れ狼』拝一刀の差料!)を思わせる切れ味が心地よい。

ミーハー色全開なのに通も唸らす

特筆すべきは、チャンバラの面白さを説くのに殺陣をプロレス、決闘をラブシーンにそれぞれ見立てる視点で、なるほど後者の考え方は『あしたのジョー』前半のクライマックスでの矢吹丈と力石徹の関係性に通じるもの(一種のブロマンス?)あり。そして何より、巻末インタビューの相手に『機動戦士ガンダム』の富野由悠季監督を選ぶ意外性と痛快さ。

そうなのだ。あのアニメ史上の名作はモビルスーツに名を借りて、剣豪たちの勝負が宇宙空間で展開するのに興奮させられたんだっけ。ミーハー色全開なのに通も唸らすのがニクい。

(居島一平/芸人)