初代若乃花「人間、辛抱だ」~心に響くトップアスリートの肉声『日本スポーツ名言録』――第74回
栃錦とのライバル対決で土俵を沸かせ、戦後の相撲界に〝栃若時代〟と呼ばれる黄金期を築いた初代若乃花。引退後、二子山親方となってからは多くの弟子を育て、また、日本相撲協会の幹部として両国国技館の新設にも尽力した。
〝土俵の鬼〟の異名を持つ第45代横綱の若乃花幹士。師匠の大ノ海が若手時代に〝若ノ花〟の四股名を使っていたことから、「自分は二代目」と語っていたが、初代と数えるのが一般的だ(二代目は若三杉が横綱昇進時に継承。現タレントの花田虎上は三代目)。
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入門当初の体重は70キロ程度で横綱昇進時には100キロを超えていたものの、大相撲においては小兵の部類に入る。20歳以上も年の離れた弟の初代貴ノ花より小柄で、三代目若乃花をやや細身にしたような体格であった。
それでも若乃花は猛稽古により小さな体を玉鋼のごとく鍛え抜き、ひとたび土俵に上がれば全身から気迫を漲らせた。どんな巨漢力士が相手でも一切躊躇することなく正面から立ち合い、がっぷり四つに組み、ここぞのタイミングで豪快に投げ飛ばす。
土俵際に押し込まれても「かかとに目がある」と称された強靭な足腰で踏ん張り押し返す。相手の攻めを受け流したり、逃げたりしないから、土俵際での返し技〝うっちゃり〟で勝ったことは一度もなかった。
「体の小さい力士っていうのは、ちょっとつまずいてくると、そのままガタガタッといってしまう面がある。だから悲しいけど、気力で持っていかなければならないんです」
勝ち星や連勝、優勝回数など数字上の記録では大鵬や双葉山などに一歩譲るが、ファンの熱狂度においては若乃花が文句なしのナンバーワンだったと、当時を知る好角家たちは口をそろえる。常に真っ向勝負で力の出し惜しみをせず、そのすべての取組において熱戦を繰り広げた。
「土俵には金が埋まっている」
若乃花の代表的なキャッチフレーズの一つに「人間、辛抱だ」がある。著書のタイトルや貴ノ花と兄弟で出演したテレビCM、近年では日本相撲協会が新型コロナ自粛期間中、SNSでこのセリフを使用した。厳しい稽古に耐え、努力を重ねる。そうすることで将来には成功が待っているという若乃花の精神は、戦後の復興から高度成長期に向かう当時の日本の風潮にマッチしていた。
出生地の青森県弘前市にある青森武道館には、『花田勝治展示コーナー』が設置され、「土俵のけがは土俵の砂でなおしてゆくんですよ。けがをするたびに休んでいたんでは勝負師にはなれませんね」というテレビ解説時の言葉を記した色紙が飾られている(相田みつを揮毫)。まさしく、若乃花流の〝辛抱〟を表したものであろう。
「人間、目先の苦難に、決してうちひしがれてはいけない」
現在でもたびたび耳にする「土俵には金が埋まっている」との言葉も、若乃花が二子山親方となってから弟子たちに話したのが最初だった。
「相撲道は辛抱して自分で切り開いていくもの。誰も手とり足とりなんて、教えてくれはしない。15尺の土俵。あの中にはなんでも落ちている。女房、金、ダイヤモンド、すべてがある。全人生がある」
なお、これを聞いた不届き者が、深夜にこっそり稽古場の土俵を掘り返そうとしたという笑い話もある…。
〝栃若時代〟と称された最大のライバル、栃錦との初対戦は51年の夏場所で、土俵全体を使った激しい熱戦の末、東前頭筆頭の若乃花が東小結の栃錦を寄り倒している。
全勝で〝栃若〟が激突した大一番
栃錦の「チクショーッ。俺よりもしぶといヤツが現れやがった」という嘆き節から始まった両者の対決は、次戦の秋場所で水入り取り直しの末に栃錦の勝ち。流れるような動きで技を仕掛け続ける栃錦と、不動の構えで一撃必殺に懸ける若乃花、それぞれ異なる持ち味がぶつかり合う好勝負は、たちまち本場所の看板カードとなっていった。
以後、およそ10年間の対戦は15勝19敗で若乃花の負け越しだが、両者が横綱昇進後は6勝4敗で若乃花の勝ち越し。本割以外にも優勝決定戦での1勝がある。60年の春場所には、両者が14連勝で勝ち進んで千秋楽の一戦で賜杯を争うことになり、「世紀の決戦」とまで評された。
決戦前夜、緊張のあまり寝付けない若乃花が大阪・千日前の映画館へ出かけると、ガラガラの館内には先に栃錦の姿があった。天下の大横綱が2人そろって、取組への不安を紛らわせるため映画を見に来ていたというわけだ。
そうして迎えた大一番、共に一糸乱れぬ立ち合いでがっぷり左四つに組み合うと、若乃花の寄りを栃錦が吊り技や足技でしのぐ攻防が繰り返される。そうして栃錦が若乃花の上手を切ろうとしたところ、この機を逃さず若乃花が一気呵成に寄って出て、自身初の全勝優勝を飾ることになった。
栃錦はこの敗戦で精魂尽き果てたのか、次の夏場所、初日から連敗したところで引退を表明する。一方の若乃花もライバルの引退でどこか気落ちするところがあったのか、翌年以降は徐々に成績を落としていった。
それでも後輩横綱の三代目朝潮が安定味に欠けることから、「横綱が身を引く際には、立派な後継者に土俵を引き継がなければならない」と現役を続行した。
そして、61年の秋場所後に柏戸と大鵬が横綱に同時昇進を果たすと、若乃花は翌年の夏場所を前に、「体力の限界」を理由に引退を表明したのだった。
引退後は二子山部屋を創設し、猛稽古を看板に二代目若乃花、隆の里の両横綱、初代貴ノ花、若嶋津の両大関をはじめ19人の関取を育成し、日本相撲協会の理事長も務めた。 《文・脇本深八》
初代若乃花 PROFILE●1928年3月16日生まれ〜2010年9月1日没。青森県出身。本名・花田勝治。46年に初土俵。58年に横綱昇進(第45代)。戦後、最軽量の横綱ながらスピードとテクニックを盛り込んだ近代相撲でファンを魅了した。優勝は通算10回。
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