『竜ちゃんのばかやろう』KADOKAWA
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『竜ちゃんのばかやろう』著者:上島光~話題の1冊☆著者インタビュー

『竜ちゃんのばかやろう』KADOKAWA/1650円
上島光(うえしま・ひかる) 1970年10月6日生まれ。女性ものまねタレント。高校時代から芸能界を志し、1988年、フジテレビ系の『発表!日本ものまね大賞』で優勝し、芸能界入り。1994年に上島竜兵と結婚。その後ものまね番組や情報番組のレポーターなどで活動。芸名は広川ひかる。
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――上島竜兵さんとは何をきっかけに交際、結婚に発展したのですか?


上島 私が高校を卒業するときの卒業生を送る会(予餞会)のゲストとしてやって来たのが、ダチョウ倶楽部さんでした。そのときになぜか私が司会をすることになり、楽屋にごあいさつに伺ったのが、竜ちゃんとの初対面。その後、お笑いタレントとして上京し、本格的に仕事を始めた頃、事務所の先輩に連れられて行ったプロレス観戦で、偶然見に来ていた肥後克広さんと竜ちゃんに会い、交際するようになりました。付き合って半月たったくらいから竜ちゃんは、ずっと「結婚して、結婚して」と言い始め、いつの間にか洗脳されていたような状態でした(笑)。


――プライベートでの上島さんは、どんな人物だったのでしょうか?


上島 テレビと違い物静かなタイプで、家で大きな声を出すことはほとんどなかったのですが、怖がりで外から虫が入って来たりすると、「ひゃー、ヒーチャン(私の愛称)なんとかしてぇぇぇ」と大声で叫ぶことはありました。食べ物の好みが難しく、食材の切り方、味付け、量なんかもこだわりが強かったですね。「今日は、何を食べたい? なんでも作ってあげるよ」とリクエストに応えていろいろ作ってあげると、とても喜んでいたことを思い出します。

体力的にも精神的にも大変な1年だった

――亡くなった当日の様子はどうでしたか?

上島 煙草を吸いにテラスに何度も出たり入ったりしていましたが、沈んだ様子で浮かない顔をしていました。お昼に、「ファミレスに行きたい」と言うのを健康のためもあり、家で食べようと言ったのが気に入らなかったのか、ぷいと自室に入ってしまいました。でも、竜ちゃんの好きな北海道味噌生ラーメンに野菜を沢山乗せて出すとおいしそうに食べてくれました。夜になるといっそうどんよりして、夕飯も食べたくないと自室にこもってしまいました。


――急逝から1年余が経過しましたね。


上島 あっという間にも感じますし、ずーっと昔の出来事のような気もします。初夏に竜ちゃんが亡くなってから、さまざまな手続きをしている最中に乳がんが発覚して、手術と放射線治療を行いました。その間にも法事や納骨などがあり、正直、体力的にも精神的にもとても大変でした。今は仲間に助けられ、元気を取り戻しているところです。竜ちゃんがいないこの世界もテレビも私にとっては、本当につまらないです。最後に「竜ちゃんのばかやろう」と思う半面、「よくがんばったね、お疲れ様」とも言ってあげたいです。


(聞き手/程原ケン)