(画像)Aleksandr Rybalko/Shutterstock
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『性産業“裏”偉人伝』第28回/黄金劇場の照明係~ノンフィクションライター・八木澤高明

その黄金町を流れる大岡川を挟んだ場所に、かつて一軒のストリップ劇場があった。その名は、黄金劇場。住宅街の中にぽつんと立っていて、いつも閑古鳥が鳴いていた。


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日本各地のストリップ劇場を見てきた私にとって、スタッフや踊り子、客も含めて、取材者に優しい温もりのある劇場だった。


残念ながら2012年の摘発によってすでに消えてしまったが、私は05年から5年ほど劇場に足を運んでは、経営者や踊り子、スタッフ、客など、劇場を取り巻くさまざまな人に話を聞いた。


そのうちの一人に、劇場で照明と案内、さらに幕間のMCを担当していた、隆さんという男性がいた。今週は彼について書き連ねていきたい。


私が隆さんと知り合ったのは、劇場ではなく、黄金町の売春街跡にできたバーだった。そこに夜な夜な入り浸るうちに、現れたのが、度の強そうな牛乳瓶眼鏡をかけた隆さんだった。


いつもレモンサワーを1〜2杯飲んで、「ほな、帰りますわ」と言って帰路に就いた隆さん。しばらく顔を合わせるうちに、自然と親しくなった。


しばらくすると、働いている黄金劇場でのことを、ぽつぽつと吐き出すようになっていった。誰とも話すこともなく照明室にこもっている仕事柄、そうとう鬱憤が溜まっていたのだろう。


「今週、乗っているあの踊り子はダンスが下手くそで、照明がやりづらくて仕方ないですわ」


このように、よく仕事の愚痴をこぼしていたのだった。その口ぶりから、彼が大阪出身であることは分かった。


私が全国各地のストリップ劇場を取材していることを隆さんに伝えると、グラス片手に、冗談半分でこんなことを言うようになった。


「是非、取材に来たらええじゃないですか」


黄金劇場や隆さんという人物にも興味を持ったこともあり、こうして取材を始めたのだった。


黄金劇場のママは島根和子という元ストリッパーの女性だった。取材をお願いしたところ、「あぁ、ええよ。好きに撮って」と、こちらが拍子抜けするほど、あっさりと了承してくれたのだった。


こうして通い始めた黄金劇場だったが、いつも閑古鳥が鳴いていた。満員になったのは、ついに見たことがなかった。いつも指で数えられるほどの客しかいなかったのだ。


そんな劇場に通って来る客も、これまた一癖も二癖もある人物ばかりだった。タコちゃんと呼ばれた客はいつも缶チューハイを片手に劇場にやって来て、観覧中も酒を手放さない。劇場に入る前から千鳥足で、いつも酔っぱらっている客など、個性的な面々ばかりが揃っていた。


客席からハシゴを上がった中2階に、隆さんのいる照明室はあった。


「こんにちは」


そう声を掛けると、


「ほんまに来たんやね」


と、照れ臭そうな表情を浮かべたのだった。


ところが、「取材に来なよ」と言っておきながら、隆さんは自分の過去については、ほとんど口を開いてくれずに私を困らせた。


「大阪で生まれ、横浜に出て来て、劇場で照明をやらせてもらっているんですわ」


語らずとも、ストリップ劇場で仕事をしているというその事実が、まともに話せる過去なんてないんだよと私に伝えているような気がした。それ以降、隆さんの過去について詮索することはやめた。

「手でやってあげてんねん」

隆さんは、劇場内にある2畳ほどの部屋に暮らしていた。

「狭っ苦しいところなんですわ」


そう言って案内してくれた部屋には窓がなく、かつて泊まった1泊60円ほどのタイの安宿を思い起こさせた。


布団が1枚敷いてあり、その周りにはエロ本が散乱していた。布団がなければ、部屋というより、物置という言葉がしっくりくるような場所だった。


おそらくそこは、ストリップ劇場で外国人の踊り子たちが体を売っていた時代、「ヤリ部屋」として使われた部屋に違いなかった。ストリップ劇場から売春が消え、従業員の部屋になっていたのだった。


ある日、隆さんの照明室にお邪魔したところ、ステージに幕が下りていて、骨董品とも言うべきブラウン管のあるテレビからアダルトビデオが流れていたことがあった。しばらくすると、幕の向こうから踊り子と客が出てきた。ストリップとは違う雰囲気で、彼に何をやっているのか尋ねた。


「手でやってあげてんねん」


と、そんなことも知らないのかという表情で言った。


かつてストリップ劇場では、ステージで踊り子と客が行う「本番まな板ショー」や、劇場の一角で売春をさせることは日常的に行われていたのだ。相次ぐ摘発により、そうしたサービスは全国の劇場から消えていった。


ただ、黄金劇場にとって違法行為を続けることは、劇場の命脈を保つためにも必要だった。もしなくしてしまえば、閑古鳥さえ鳴かなくなってしまうのだ。


ほぼ毎日、陽の当たらない場所で暮らしていた隆さんだが、ある日突然、売掛金の10万円を盗んで、いなくなってしまった。


逃走後、彼とは会っていないので、どんな事情があったのか、定かではない。ただ気にかかったのは、「彼女ができた」と言っていたことだ。


10万円の現金など、すぐになくなってしまうだろう。履歴書のない隆さんは、今、どのように暮らしているのだろうか。
八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 神奈川県横浜市出身。写真週刊誌勤務を経てフリーに。『マオキッズ毛沢東のこどもたちを巡る旅』で第19回 小学館ノンフィクション大賞の優秀賞を受賞。著書多数。