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金正恩総書記のパートナーは? 北朝鮮で吹き荒れる「女性粛清」の嵐

Alexander Khitrov / Shutterstock.com

北朝鮮では、代々の独裁者の誕生日を宇宙と関連した壮大な別称で呼んでいる。金日成首席の誕生日は「太陽節」、金正日総書記の誕生日は「光明星節」だ。

その「光明星節」(2月16日)を控えた北朝鮮では、追慕および慶祝の雰囲気が最高潮を迎えているが、ある人物が同節の祝賀の場に登場するか否かに関心が集まっている。

「金正恩総書記の李雪主夫人が、1年以上も公の場に姿を現していないのです。今年の新年に行われた朝鮮労働党大会や最高人民会議(国会に相当)、恒例の各種記念公演にもその姿はありませんでした」(北朝鮮に詳しい元大学教授)

李夫人が最後に確認されたのは昨年1月25日、平壌の三池淵劇場で旧正月の記念公演を鑑賞したときだった。ただし、北朝鮮では要人の消息がニュースになると、なぜか姿を現すことが多い。そのため、光明星節が注目されているのだ。

李夫人は2016年にも9カ月間にわたり姿を消していたが、このときは妊娠と出産が理由だった。今回も有力なのは同説だが、ほかにもコロナ感染回避説や家庭不和説、さらには不倫が発覚しての処刑説まで噂されている。

「北朝鮮では、昨年12月4日に『反動的思想・文化排撃法』が採択され、韓国文化の流布や売春行為に対して、無期労働教化刑(無期懲役刑)や死刑など、以前より厳しい最高刑が与えられるようになった」(北朝鮮ウオッチャー)

一方で韓国の雑誌『月刊朝鮮』は、昨年の10月号で「北の金正恩、性売買を行った女性を大量処刑」というスクープを飛ばしている。当初、この事件ではモランボン楽団や三池淵管弦楽団に所属する芸能人が、売春で摘発されたとみられていた。これらの楽団は、韓国で言うガールズグループのような存在だ。しかし、実際は芸能人ではなく、「芸能人の予備軍」であったことが分かっている。

妹・与正氏が存在感を増したために…

つまり、この一件は昨年7月、平壌で大規模な売春組織が摘発された『女子大生クラブ事件』の延長線上にある。同事件では、平壌音楽舞踊大学や平壌演劇映画大学など芸能人養成学校の女子学生らが、売春させられていたことに正恩氏が激怒し、組織の主要メンバー6人を公開処刑したと米政府系『ラジオ・フリー・アジア』が報じている。

「北朝鮮には売春を行う女性が少なくないとはいえ、その多くは農村や都市貧困層の女性たちだと考えられていた。しかし、都市部の学生にもそういったケースがあり、平壌のエリート学生が200人も動員されていたことで、この事件は衝撃を与えました」(同)

芸能専門大学を統括する党「幹部5課」や中央教育当局は、毎日のように経済課業(上納金)を指示しており、各大学は学生たちからしょっちゅう、あれこれ名目を付けてカネを集めている。そのため家庭環境の厳しい女子学生たちは、売春に追い込まれやすくなっているという。

また、李夫人の人気が高い韓国では、昨年末、李仁栄統一相が、こんな談話を発表している。

「金与正氏(正恩氏の妹)が表舞台に立つようになってから、李夫人の姿をあまり見なくなりました。与正氏が存在感を増したことで、何かがあったようです。国家情報院と協力しながら調査しています」

ファーストレディーの座を与正氏が確立したことで、李夫人が一歩引いたのではないかという説がある。

「与正氏が表舞台に立ち始めたのは18年7月ごろですが、同時期に『朝鮮中央通信』は、李夫人の呼称をそれまでの『女史』から『同志』へと格下げしている。これについては、李夫人が北朝鮮国内で反感を買ったのではと、一部の韓国メディアが報じています」(前出・北朝鮮ウオッチャー)

“筆頭側室”と呼ばれる玄松月氏

李夫人が反感を買った理由は、ある利権問題が原因とも言われる。

「平壌のタクシー利権は、正恩氏が粛清した張成沢元国防副委員長の親戚が握っていましたが、連座制で張氏ともども親戚筋も粛清されました。その後、タクシー利権を得たのが李夫人でしたから、国民にはあまりよく思われていません。公の場に現れないのは、そうした反発を抑える意図があると思われます」(同)

正恩氏との不仲説については、玄松月氏の存在を李夫人が認めていないということが根拠だ。

「玄氏は歌手であり、陸軍大佐であり、党中央委員会委員という政治家としての顔も持っています。『朝鮮中央通信』が李夫人を初めて『同志』と格下げして呼んだのは、正恩氏と地方の工場を視察したときですが、以来、随行人は玄氏に入れ替わっています」(同)

こうしたことから党や軍の幹部は、玄氏を「1号宅(筆頭側室)」と呼び始めた。18年6月にシンガポールで開催された米朝首脳会談で、正恩氏に同行したのも玄氏だった。

「正室である李夫人は首脳会談などには同席しませんから、玄氏は正恩氏の執務を補佐するだけでなく、夜のお相手も務めるのです。そもそも2人は楽団が違うものの、ともに看板歌手でしたから嫉妬心は想像以上ではないでしょうか」(前出・元大学教授)

正恩氏の実父である金正日総書記は、側近らに「雌鶏歌えば家滅ぶ」という言葉を残したという。儒教における男尊女卑の思想が根強く残る北朝鮮で、党や軍の幹部をコントロールするのは、独裁者といえども容易ではないようだ。

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