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『火の玉ストレート プロフェッショナルの覚悟』著者:藤川球児~話題の1冊☆著者インタビュー

『火の玉ストレート プロフェッショナルの覚悟』 日本実業出版社/本体価格1350円
『火の玉ストレートプロフェッショナルの覚悟』日本実業出版社/本体価格1350円 (C)週刊実話Web

『火の玉ストレート プロフェッショナルの覚悟』 日本実業出版社/本体価格1350円

藤川球児(ふじかわ・きゅうじ)
1980年7月21日生まれ。高知県高知市出身の元プロ野球選手。高知商業高校から98年ドラフト1位で阪神タイガースに入団。2020年シーズン終了時点における現役最多セーブ記録保持者(243セーブ)として、同年かぎりで現役を引退。

――昨年、22年間の現役生活に終止符を打ちました。今どんな気持ちですか?

藤川 「野球という遊びをやりきった」という気持ちです。現役中はなかなか家族との貴重な時間が取れず、申し訳ない思いばかりだったのですが、ようやく家族とすごすことができるという喜びの気持ちが強いです。一方で、最近の「セ・リーグが弱い」という世間の論調を見返したいという思いがここに来てフツフツとわいてきているのも事実です。

――2012年オフ、メジャーに挑戦しました。肘の故障もありましたね。

藤川 人種偏見の壁に直面したのは大きな経験でした。「右腕1本で勝負する」という精神で挑戦したのですが、野球の実力よりも「肌の色」で判断するという、政治的な動きに翻弄されるとは思ってもみなかったですね。

また、メジャーのマウンドはアスファルトのように硬質なため、足で踏ん張った際の力がモロに肘にくるという感覚がありました。F1のタイヤがすり減るように肘が消耗していくようでしたね。それで肘を故障してしまった、ということもあるかと思います。松坂大輔、和田毅、ダルビッシュ有も同様に肘を故障しましたが、同じ理由だったんじゃないでしょうか。

肘がバキッと音を立てた瞬間、引退を決断…

――16年に再び阪神に入団しました。どんな気持ちでしたか?

藤川 当時「メジャーで球児は終わった」「もう火の玉ストレートは無理だろう」という声がありました。その声を見返したい、そして、自分に負けたくない、という強い気持ちがありましたね。さらに、なにより阪神ファンのみなさんに「何度でも立ち上がるところを見てほしい」という気持ちが強かったです。

一方、かつての火の玉ストレートをファンは求めてくるだろうという、怖い気持ちも正直ありました。最終的に19年はクローザーとして自分の責務をまっとうすることができました。自分に勝つことができたと、大きな達成感がありました。

――引退を決心したきっかけは何だったのですか?

藤川 19年の夏頃からなかなか疲労が回復しなくなってきました。若いときには全くなかったことです。この年は結果的に、シーズンを通して「自分に勝つことができた」という納得感もあったので、球団からの強い慰留があり、現役を続けることになりました。20年はコロナの影響もあって、調整不足は否めず、なんとか凌いでいったつもりでしたが、結果的に8月8日の広島戦の投球の際、肘がバキッと音を立てて壊れました。その瞬間、引退を決断しました。

(聞き手/程原ケン)

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