
篠原信一「自分が弱いから負けたんです」~心に響くトップアスリートの肉声『日本スポーツ名言録』――第68回
スポーツに誤審は付きものだが、中でも世紀の大誤審として多くの人たちが思い出すのは、2000年シドニー五輪の柔道100キロ超級決勝で、篠原信一が涙をのんだ疑惑の判定だろう。ある意味で金メダルよりも印象深い敗戦ではなかろうか。
いわゆる疑惑の判定とされるものは多々あるが、五輪の決勝という晴れ舞台、しかも勝敗を決する誤審となれば、これはスポーツ史上まれに見る大事件と言えよう。
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2000年シドニー五輪、柔道100キロ超級の決勝。日本の篠原信一とフランスのダビド・ドゥイエとの試合は、開始1分35秒で篠原の得意技「内股すかし」が決まり、ドゥイエははっきりと背中から畳に落ちた。
篠原がガッツポーズで喜びを表したのは当然だったが、「一本」と判定したのは副審2人のうちの1人だけ。主審ともう1人の副審は「有効」のジェスチャーを示していた。
テレビ中継の解説者が「あれは一本でしょう」と審判への不満を口にする中、電光掲示板に表示されたのはドゥイエの「有効」ポイントだった。それを見ても解説者は「スコアボードが間違っています」と言うばかりで、まさか本当にドゥイエにポイントが入っているとは、審判以外の誰も思っていなかった。
内股は仕掛けやすく一本を取りやすい強力な技だが、自らのバランスを大きく崩しながら投げることになる。そこを狙ってカウンターで決めるのが内股すかしで、篠原もドゥイエの内股を完全に見切り、相手が仕掛けてきた脚を抜きながら、同時に左袖を引きつけた勢いで巨体を見事にひっくり返していた。
誤審は誰もが認めるものだったが…
ところが映像を確認すると、このときの主審は篠原だけに視線を向けていたことが分かる。1996年アトランタ五輪の王者として連覇を狙うドゥイエが、得意の内股を仕掛けた時点で「篠原がどのように投げられるか」だけを見ていた…つまり「ドゥイエが強い」という先入観にとらわれていたために、篠原が半身で畳に落ちたのを見て「ドゥイエの有効」としてしまったわけである。一方の篠原は会心の内股すかしを決めながら、これが一本勝ちとならなかったことへの動揺もあったのだろう。その後は動きに精彩を欠き、逆に内股すかしで有効を奪われて敗退した。この試合を契機にして柔道にビデオ判定が導入されたことからも、誤審は誰もが認めるものであった。
だが、試合後の表彰台で悔し涙を流した篠原は、記者会見で「審判もドゥイエも悪くない。すべて自分が弱いから負けたんです」とだけ話した。
「幻の一本勝ち」の直後にはドゥイエも「指導」を取られていて、いったんポイントは並んでいた。そこで平常心を取り戻せば、篠原にも十分に勝機があった。
しかし「なぜ、あれが一本ではないんだ?」という困惑と「このままじゃまずい」という焦りが邪魔をして、まともに体が動かなくなってしまった。篠原は後日、そんな自分の気持ちの弱さが、悔しく情けなかったと告白している。
移住先の信州で自ら農園を運営
シドニー五輪の翌年、全日本選手権の決勝で井上康生に敗れた篠原は4連覇を逃す。ちなみに井上は、これが篠原戦での初勝利であり、それまで2回の対戦で完敗していたことから「自分にとっての最強の選手は誰かといったら、篠原信一だった」と話している。03年に現役を引退した篠原は、08年に柔道男子日本代表監督に就任。だが、12年ロンドン五輪では柔道男子史上初の金メダル0個の屈辱を味わう。篠原は「根性論だけの指導だった。自分が指導者に向いていなかったせいでしょう」と敗因を語っていたが、確かに周囲からは「最後は根性」「気持ちがすべて」など短いコメントばかりだった篠原の適性を疑う声も聞かれた。
とはいえロンドン五輪での日本の苦戦には、別の要因もあった。国際柔道連盟が国別のランキング制を導入したことから、柔道宗主国として全階級上位を目指す日本代表は、他国よりも多くの国際大会への出場を余儀なくされた。そのため選手たちは疲弊し、ライバルたちに手の内をさらすことにもなった。
さらに09年から10年にかけては、下半身への攻撃などに関するルールの改変も行われ、体格や筋力で勝る外国勢への新たな対応策も求められた。
篠原はそうした背景を一切言い訳にすることはなく、監督続投の要請もありながら「選手に申し訳ない」とだけ語って、柔道界を離れている。
その後は柔道解説者、テレビタレントとして、持ち前の明るい性格と率直な物言いで人気を博したが、19年には奈良県から長野県安曇野市へ移住。22年に自らの農園『しのふぁ〜む』を開き、現在はブルーベリーや桃を育てている。
農園は土づくりから苗木選びまでこだわった本格的なもので、「どうせ準備をするなら、元気で体が動くうちに始めたほうがいい」と50歳を前に農家への転身を決断した。
柔道家として失敗や敗戦を他人のせいにすることなく、真っ正面から受け止めてきた篠原にとって、常に天候という理不尽な相手と戦わなければならない農業は、けっこう向いているのかもしれない。 《文・脇本深八》
篠原信一 PROFILE●1973年1月23日、兵庫県出身。体格の良さを買われて中学1年で柔道部に入部。天理大学入学後、才能が開花。2000年シドニー五輪の柔道100㎏超級にて銀メダルを獲得。08年から12年まで柔道男子日本代表監督を務めた。
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