髙嶋仁「高校野球は教育の一環ではない。勝負の厳しさを味わう場だ」~心に響くトップアスリートの肉声『日本スポーツ名言録』――第64回
みなぎる闘志を胸に球児を指導し、甲子園大会で春一度、夏二度の優勝を果たした智弁和歌山の髙嶋仁前監督。5年前の夏、惜しまれつつユニホームを脱いだが、ベンチ前で仁王立ちして采配を振る姿は、甲子園の風物詩にもなった。
智弁学園(奈良県)と智弁和歌山で40年以上にわたり野球部監督を務め、春夏の甲子園通算で歴代最多の68勝(2023年時点)を挙げた髙嶋仁氏は、72歳となった18年、夏の甲子園の第100回記念大会が終了した直後に勇退を発表した。
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「ノックができなくなってしまったことが大きな要因の一つ。もう一つは体力的なもの。この年になるといろんな病気もある。薬も飲んでいる。野球部の生徒に迷惑をかけた」
持ち前の熱心さと指導力により智弁和歌山を全国的な強豪校にまで育て上げたが、60代の半ばからはドクターストップもかかっていたという。
18年春のセンバツ大会では決勝で大阪桐蔭に敗れたものの、準優勝の成績を残した。だが夏は1回戦敗退。「売り出し中の大阪桐蔭を倒せなかったことが一番の悔いとして残っている」と、同年に二度目の春夏連覇を成し遂げたライバル校への対抗意識をにじませ、退任を迎えてもなおその勝負魂は衰えていなかった。
高校野球について、日本学生野球憲章は「学校教育の一環として位置づけられる」としている。しかし、実際のところ甲子園大会には、放送局や主催新聞社の利権が絡んでくるし、選手自体もプロ志望か否かで取り組み方が違ってくる。
そんな中にあって髙嶋氏は「高校野球は教育の一環ではない。勝負の厳しさを味わう場だ」と喝破する。世の中には勝ちと負けが確実に存在し、それを体感することで現実の厳しさを知る。これも一種の教育ではあろうが、髙嶋氏の言うそれは、大人から与えるものではなく、球児たちが自らの経験を通じて学ぶことに重きを置いている。
髙嶋氏は「苦しい思いをした人間だけが逆境をチャンスに変える」と語り、常に全力を出し切ることを選手に求めた。そして、自身も甲子園大会においては、劣勢でもベンチ前で仁王立ちしていた。
当人は「前に立つようにしたら勝ちだしたから」などと言ってはいたが、本心では選手たちと共に全力で戦おうという思いがあったのではないか。
06年の夏の甲子園大会、準々決勝で智弁和歌山は帝京(東東京)を相手に、8回裏まで8-4とリードしながら9回表に一挙8失点。大逆転を食らって8-12の4点ビハインドで最後の攻撃を迎えた。
ここで髙嶋は、絶望的な状況にもかかわらず「何のためにここまで来たんや。田中マーくんをやっつけるためやろ。ここで負けるためにやってきたんか」と檄を飛ばした。
前年、2年生にして夏の甲子園大会を制した駒大苫小牧(南北海道)の絶対的エース、田中将大。06年夏の大会でも優勝候補の筆頭と目されていた。
甲子園の決勝で夢の「智弁対決」
智弁和歌山の選手は「打倒、田中将大」を合言葉に、日々の練習でも打撃マシンの球速を160キロ、スライダーも145キロに設定して徹底的に打ち込んできた。髙嶋氏も偵察のため、自ら北海道まで足を運んでいた。帝京との準々決勝に勝てば、次はその駒大苫小牧との対戦が決まっていた。髙嶋氏の言葉に、選手たちはこれまでの厳しかった練習を思い出し、逆転されたショックから立ち直る。敗退の危機にも焦ることなく、冷静に4つの四死球を選んだことが功を奏して、最終的には13-12の逆転サヨナラ勝ちを飾ってみせた。
「9回の8点に一番ショックを受けていたのは私自身。こんな野球では監督失格と思っていた。だからこそ、改めて高校生の凄さを感じた試合」と、後に髙嶋氏は振り返っている。結局、準決勝で敗れはしたが、選手たちはこの体験を通じて「諦めないことの大切さ」と「勝負の厳しさ」を学んだはずだ。
監督退任後、髙嶋氏は智弁学園と智弁和歌山の名誉監督に就任した。それから3年後の21年、夏の甲子園決勝は両校による「智弁対決」なった。
02年夏にも3回戦で両校の対決は実現していて、このときは智弁和歌山が勝利していたが、さすがに決勝での系列校対決となると72年春の日大桜丘(東京)-日大三高(東京)以来で、夏では初の快挙であった。
両校の対決当日、ラジオ解説者として試合を見届けることになった髙嶋氏は、「涙をこらえとる。これが夢やった。現実となって、エラいことになった。学校をつくって、野球部をつくった藤田照清前理事長(09年に逝去)が望んでいたこと。天国で応援しているでしょう」と、感無量の様子を隠せなかった。
決勝を前にどちらの学校を応援するか問われた髙嶋氏は、「どちらをと言われると…。理事長に怒られる。両方です」と困ったように笑った。
結果は9-2で智弁和歌山が21年ぶりの優勝を果たしたが、髙嶋氏にしてみればどちらが勝ったとしてもうれしく、誇らしい気持ちであったに違いない。 《文・脇本深八》
髙嶋仁 PROFILE●1946年5月30日生まれ。長崎県出身。海星高校時代に2年連続で夏の甲子園に出場。日本体育大学を卒業後、72年に智弁学園高校(奈良県)の監督に就任。80年に智弁学園和歌山高校へ転任し、同校を全国屈指の強豪校に育て上げた。
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