『性産業“裏”偉人伝』第18回/一発屋経営者~ノンフィクションライター・八木澤高明
そんななか、確か警察官の不祥事に関する取材で、北海道函館市に行ったことがあった。真冬真っ只中で、体を温めるため、昼食を食べにラーメン屋に入った。
そこは函館名物の塩ラーメンを出す店で、うまさを噛みしめながら窓際の席で麺をすすっていると、店内の湯気で少し曇ったガラスの向こうの通りに、パイプ椅子を出して座っている老齢の女性たちの姿が見えた。
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こんな寒いときに、彼女たちは何をしているのか…。
不思議に思ったが、すぐに謎が解けた。彼女たちの背後にはスナックが肩を並べていたのだ。昼間から客を引いているので、娼婦たちを置いた店なのではないかと思った。
場所は、JR函館駅からほど近い若松町。しかし、そのときはスナックを訪れることもなく、函館をあとにした。ただ、通りにパイプ椅子を並べていた女性たちの姿だけが、強烈な印象として残った。
そして、彼女たちを取材しようと函館に入るまで、10年の月日が過ぎていた。娼婦たちがいた一帯は「一発屋通り」と呼ばれていた。すでに、パイプ椅子を並べて客を引く女性たちの姿は幻のものとなっていた。全国的に色街の摘発が相次いでおり、さらに函館は北海道新幹線の開通により街が再開発されて、客引きの女性たちは排除されてしまっていたのだった。
娼婦たちを置いていた店も、その多くが営業をやめていて、店のほとんどは潰され更地になっていた。ただ、一面、ススキの生えた更地の中に、小料理屋を装った小さな店が一軒だけ、かろうじて営業していた。
それにしても、侘しい景色だった。函館はかつて、遠洋漁業が華やかなりし頃、東京以北最大の歓楽街といわれたこともあった。それも、今では見る影もない。
私は、函館最後の明かりが灯る店の引き戸を開けた。
店は、カウンターに4つの椅子が置かれていて、なんの装飾もなかった。白いセーターを着た60代の女将がストーブの前にパイプ椅子を置いて座っていた。
店に入る前、外の看板には「おでん」と書かれていたが、それを作る容器はあったものの、見事に空っぽで何も入っていなかった。
60代の女将は、私が店に入って5分もしないうちに、「女はどう?」と、尋ねてきた。
私は申し出をやんわりと断りつつ、話を聞かせてほしいと伝えると、「何を話す?」と言い、しぶしぶ取材に応じてくれたのだった。
女将は、この店をやって7年ほどになると明かした。名前は和代。年齢は67歳だという。
そもそも、店を始めるきっかけはなんだったのか。
「男の人を相手にする商売をして、そのままお店をやる人が多いと思うけど、私はもともと保険の外交員をやっていたんですよ。そのとき、毎日銭湯に行っていたんだけど、そこでこの店をやっていたママと知り合ったのよ。ママは3代目だと言ってたから、50年以上は続く店なんじゃないですかね。ママが年を取ったので店を閉めるって言うから、私が引き継いだのよ」
店をやることに抵抗はなかったのだろうか。
「まったくなかったね。長く保険の仕事をしていて、そろそろ定年になる頃だったから、生きることに張り合いが出たよ」
「私も2回捕まっているからね」
彼女が店を引き継いだのは2005年ごろのことで、売春を生業とする店が摘発などにより、消えていき始めた頃だった。当然ながら、賑やかだった頃のことを、和代は知らない。「ここが一番賑やかだったのは、北洋漁業が盛んだった頃じゃないかね。当時は、腹巻きに札束を入れてきたなんてね。相当、稼げた時代だったみたいよ。そんな話をしてくれた別の店のママさんも、警察に捕まってやめちゃったのよ」
パイプ椅子を並べて座っていた女性たちは、かつての栄華を忘れられず、座り続けていたのだろうか。
和代が経営し始めた頃は、華やかさとは無縁だったこともあり、働く女性も減っていった。
「昔は、一つの店に10人も20人も女の子がいたそうですけど、私は2人以上置いたことはないですよ。若い子はいません。稼ぎたい子は今どき、みんなデリヘルに行きますね。ここには、ずっとこういう商売をしていて、抜けられなくなった子が来るんですよ」
風俗業界のどん底と言ったら失礼だが、女性たちにとって、働き場所として最後の砦なのだった。
だが女性たちにとっての最後の砦も、いつまで続くかはまったく分からない。
「明日、やめなきゃいけないかもしれないね。私も2回捕まっているからね」
和代は、さらっと聞き逃すような小さな声で言った。
「1回目は始めて2年目ぐらいのときで、5万円の罰金。2回目はその2年後で、6カ月の営業停止。そのとき、刑事に取り調べを受けて、貯金や年金があるって話したら、なんて言ったと思う? 『金貸してくれ』って。男前の刑事で、浮気でもしてるんだか遊んでいるかで、金がないんでしょうね。こっちは捕まっているのに、ふざけんじゃないわよって言ってやったわ」
毎月のように取り締まりがあり、貯蓄などがない経営者の店は廃業に追い込まれていった。
和代は警察に抗うように店を続けていたが、行政の力には如何ともし難く、今では彼女がいた店も更地となっている。彼女は私に、色街というものが、さまざまな人々の受け皿となっていたことを教えてくれた。
八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 神奈川県横浜市出身。写真週刊誌勤務を経てフリーに。『マオキッズ毛沢東のこどもたちを巡る旅』で第19回 小学館ノンフィクション大賞の優秀賞を受賞。著書多数。
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