Ⓒ2022「オレンジ・ランプ」製作委員会
Ⓒ2022「オレンジ・ランプ」製作委員会

やくみつる☆シネマ小言主義~『オレンジ・ランプ』/6月30日(金)より全国順次公開

監督/三原光尋 出演/貫地谷しほり、和田正人、伊嵜充則、山田雅人、赤間麻里子、赤井英和、中尾ミエ 配給/ギャガ


「星で評価するものではないな」というのが第一印象。これは商業娯楽映画じゃないと思ったんです。あにはからんや、企画・脚本の方が市民上映会を前提とした「シネマソーシャル」を提唱しているとパンフレットにありました。自分の見方もあながち間違いではないと思った次第です。


【関連】やくみつる☆シネマ小言主義~『テノール! 人生はハーモニー』/6月9日(金)より全国順次公開 ほか

39歳の若さで若年性認知症と診断されながら、職場からも理解を得て働き続け、同じ立場の症状発症者の相談窓口を運営されている実話を基にした物語。今、みんなに知ってほしい社会的テーマを啓蒙する「ソーシャル」な映画なんですね。


数多くの登場人物の中で、認知症に偏見を持つ人はごくわずか。取材にやってきたテレビディレクターと女子アナがお決まりの苦労話を求めるシーンだけです。あとは妻はもちろん、年頃の娘たち、会社の同僚、趣味のフットサルの仲間たちから通行人まで、彼を受け入れて寄り添う。これは実話がそうだったからというのもあるでしょうけど、実際にはあったであろう葛藤や戸惑いを逐一描くのはヤボというもの。見た人の「かくあらねば」という気付きこそが大事ですから。

「テレビソーシャル」も然り…

自分も最近、こんな経験をしました。見知らぬおじいちゃんがなかなか止められそうもない場所でタクシーを拾おうとしているんです。これは様子がおかしいと思い声をかけましたら「江戸川区まで行く」と。そこから走ったら2万円は軽くぶっ飛ぶ場所。ようやく止まってくれたタクシーの運転手には事情を話して断り警察を呼ぼうとしたとき、捜しにきたご家族に会えました。ご家族から「やくさんですよね!」と言われ、好感度アップです(笑)。

2025年に3人に1人は認知症になる時代、「認知症でも絶望せずに暮らせる社会とは」を知った本作を見た人は幸いです。自分ももっと昔にこういう作品に出会えていたら、両親がまだらボケになり始めた頃の対応が違っていたに違いない。同じ話を繰り返す親に苛立っていましたから。


そして今や自分自身がいつそうなるかという年代に。やるべきことを事細かにメモして、遠慮せず『困っています』と言う「認知症とともに生きるすべ」を予習できるのもありがたいです。


思えば、テレビ朝日系の『有吉クイズ』で定期的に特集される、蛭子能収と有吉弘行の再会企画も「テレビソーシャル」ですね。蛭子さんの忘れっぽさを周りが笑いに変えられる。認知症になっても活躍の場所って作れるんですよね。


さて、本作には忘れがたい名セリフがあります。中尾ミエが話す「認知症の人って、感受性が豊かなの」。プラスに受け取るこの視点、なかったなぁ。
やくみつる 漫画家。新聞・雑誌に数多くの連載を持つ他、TV等のコメンテーターとしてもマルチに活躍。