インタビュー・とろサーモン久保田かずのぶ〜「M-1」優勝後…「売れた」ゆえの苦悩とは?
2017年に「M-1グランプリ」で王者に輝いた「とろサーモン」の久保田かずのぶさん。昨今はお笑い芸人としての活躍はもちろん、アパレルのデザインやラッパーとしても存在感を発揮している。そんな飛ぶ鳥を落とす勢いの久保田さんの、「売れた」がゆえの苦悩とは?
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――4月18日放送『ロンドンハーツ』(テレビ朝日系)に出演され、フィーリングカップル形式の企画「ラブマゲドン」で、見事タレントでミュージシャンの、あのさんとカップリングが成立したことが話題となりました。あのさんが選んだ理由が、久保田さんが「めちゃめちゃ優しい」からだそうで。視聴者からも「本当はいい人」などの声が上がりました。
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久保田かずのぶ(以下、久保田)「テレビは、映ったものでしか判断できない人たちがほとんどですから、仕方ないんですよ。これまで人に見えない小さな畑でタネを植えていたのが、やっと大きな花が咲いてみんなが見に来てくれた、ということですかね。『今さらなんだよ』とは思うけど」
――久保田さんはよく〝クズ芸人〟というイメージで見られることがあるかと思いますが、2002年に村田秀亮さんと結成したとろサーモンでは06年から08年にかけて「ABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞」や「NHK上方漫才コンテスト最優秀賞」に輝くなど、実力派としても知られています。
久保田「大阪時代ですね」
――関西賞レースを総なめにしたあと10年に東京に進出していますが、仕事がゼロになったと聞きました。
久保田「大阪吉本のマリオネットになりたくなくて、糸を切って東京に逃げたんです。言い方は悪いですが、言われた通りお利口さんに椅子に座るのって疲れるんじゃないかと」
夜の街はドロドロだけど綺麗
――いわゆるタレント的なスタンスは性に合わないと。当時はいろいろなバイトも経験されたと思いますが、セクキャバで働いていたこともあるんですよね。久保田「それはNSC大阪校に入学する前ですね。ビートたけしさんが浅草のストリップ劇場で働いていたという話に感銘を受け、僕もそういう世界でバイトしようと思ったんです」
――ハッスルタイムのマイクパフォーマンスをテレビでも披露されていますが、最高に面白いです。
久保田「働き始めて2日目、会長さんから『女の子のポールダンスタイムにマイクでしゃべり続けろ』と言われて。1分しゃべれば1万円、2分なら2万で、3分しゃべれば10万やると。できないですよ、そんなの。で、マイク渡されたら10分しゃべっていました」
――2日目で…! どれくらい稼ぎましたか?
久保田「月70〜80万くらいかな。店長もやっていたので。そのあとはキャバクラのキャッチをやりました。大阪・宗右衛門町の小さい店でしたが、僕のキャッチの効果でどんどんお店がデカくなって。最終的に6店舗くらいに増えて。そして他の店の引き抜きに遭い、僕の取り合いで裁判にもなりました。それでスパッと夜の店を辞めたんです」
――夜の店には何年いらっしゃったんですか?
久保田「5〜6年かな。革靴がすり減ってね。足を引きずって歩いていましたよ」
――久保田さんの目に映る、夜の街の魅力とは?
久保田「魅力を感じるわけではないけど、汚さと美しさが混同しているからこそ、綺麗かな。ドロドロもしてるから、一番人間っぽい」
――人間の綺麗事ではない部分にスポットライトを当てる話は、誰しも惹かれるかと思います。
久保田「例えば昼間に働いていたら、そこで見たことをネタにできるかといったらできないですよ。悪いことする奴は、太陽が沈んでからやるんです。当時の宗右衛門町なんて特に、詐欺師とか売人とかそんな奴しかいないですから」
――久保田さん自身も危険な目に遭われたことは?
久保田「ありますよ。セクキャバのマイクパフォーマンス中にね。顔面ボコボコにされて歯を折ったり。えげつないから、ここには書けないと思いますけど」
仕事がない、カネもない…
――生死に関わる修羅場をくぐってきたんですね。久保田「だから例えば今、大きな爆発音がしたとして、みんながパニックになっても僕は何も思いません。『なんか音が鳴ってるわ』程度。めっちゃ冷静です」
――そういうときに、冷静に人の命も救いそうですね。
久保田「救ったことありますよ。『笑い飯』の哲夫さんの花見会のときですね。大阪城の近くで50人くらい芸人が来て、後輩が勢いでギャグをやりまくるんです。ある若手が『脇に火をつけてすぐに消すことができます』と言ってオイルを脇に塗って火をつけたらガーッと燃えて。誰も動かないの、ゲラゲラ笑って。こいつ、あと10秒待ったら死ぬなと思って、水をぶっかけて。命を救いました」
――普通に命を救っていますね(笑)!
久保田「そうやって、見えないところで徳を積んでいるんですよ」
――相当、徳を積んだ瞬間ですよね。状況を瞬時に判断する能力と同様に、人を見る目も長けていらっしゃると思います。
久保田「そうかもしれません。東京に来た直後はアワとかヒエとかムギとかそんな生活をしていたので、そこで社長さんにお世話になるなかで、いろんな人を見てきました」
――(笑)。アワヒエの時代はどのくらい続きました?
久保田「5〜6年かな」
――どうやって心身のバランスを取っていましたか?
久保田「バランス…、うーん、僕はメンタルの振り幅が人の倍以上あると思っていて。毎日貧乏で死にたいと思っていましたが、例えば毎日葬式があるけど舞台に出ると客がめちゃくちゃ笑ってくれて『生きてて良かった』と思う…というのを繰り返してください。おかしくなりますよ」
――おかしくなった自分を自覚した瞬間は?
久保田「仕事がない、芸人の友達もいないしカネもない、電話もかかってこない。毎日家でテレビを見て酒を飲むだけの生活でしゃべらないんです。だから『俺、生きてるのかな』と怖くなって、急に『あーっ!』と大声を出して生存確認していました。ただ、そこまでメンタルを滅多刺しにされると、道を歩いていて花の美しさや空の広さに気付いて心を動かされたりするんです。だから、大事な時期だったんだろうなと思います」
――ささいな豊かさに気づけるんですね。
久保田「でも、金持ちの方がゆとりができるし幸せですよ。貧乏人が得をするのは、泥棒に遭わない、それだけです」
――まあそうですね(笑)。そのとき、村田さんはどんなふうに過ごしていたんでしょう。
久保田「当時は彼の状況を知りませんでしたが、後々、よく自転車をこいでいたと聞きましたよ」
――別々に過ごされていたんですね。
久保田「そのスタイルは今も変わっていません。いつも会社の個室で僕がネタを作っている横で、奴は座って一言もしゃべらず終わって帰っていく。このルーティンでここまで来たので、逆にすごいと思いますよ。僕が作家とネタの打ち合わせをしている横にずーっと座っているので、『これはダッチワイフかな?』と思うこともあります。暑くなって窓を開けるとくしゃみをするので、思うんです、『あ、人なんだな』と」
芸人20年でバカ高い家を買う
――(笑)。それでも17年に「M-1グランプリ」で優勝し、漫才の頂点に立ちました。久保田「その日は泣きながら『中川家』の礼二さんに電話をしました。礼二さんは僕らのことを一番最初に『面白い』と言ってくれた人で、僕に何があっても助けてくれたし、芸事も教えてくれて。大好きです」
――酒場での印象的なエピソードを教えてください。
久保田「大阪のオカマがいるスナックで、顔を白塗りにしたイチゴちゃんという奴が『最近の礼二は面白くない』と言ったのでボコボコになりまして。これはヤバいと、礼二さんを連れて店を出てタクシーに乗り、案内をしながら30分ほど走らせて降りた店に『ここで飲み直そう』と礼二さんが入っていくと、さっきの店だったんです」
――どういうことですか(笑)?
久保田「酔っているから適当に案内したんですよね。で、入ると店の奴らはそういう酔っぱらいに慣れているからか、初対面のように接する。すると白塗りだけど目元だけ真っ黒なイチゴちゃんがトイレから出てきて。胸元に『パンダ』という名札がついていて」
――(笑)。礼二さんにはバレませんでしたか?
久保田「大丈夫でしたね」
――いい話です(笑)。これまで想像を絶する辛酸を舐めつつ、現在は画家として絵に高値がついたり億ションを購入してフルリノベーションしたりと、豊かな生活ぶりがうかがえます。
久保田「うーん…何も思いつかないんだよ、この部屋に住んでから。やっぱりね、『起きて半畳寝て一畳』がいいですよ」
――満たされすぎると…。
久保田「そうそうそう。小さい畑だったのに急にあちこちで花が咲き始めちゃって、バカ高い家を買っちゃってさ。目が行き届かないんだもん。だから一つのことを狭く深く掘り下げていった方がいいんですよ」
(文/有山千春 企画・撮影/丸山剛史)
久保田かずのぶ 1979年、宮崎県出身。高校時代の同級生である村田秀亮と2002年に『とろサーモン』を結成。06年に「ABCお笑い新人グランプリ最優秀新人賞」、08年に「NHK上方漫才コンテスト最優秀賞」を受賞し、17年に9度の準決勝敗退を経てついに「M-1グランプリ」で優勝。その後、炎上騒動など紆余曲折を経つつも活躍の場をどんどん広げている。「♯久保田」名義で楽曲リリース『芸人、家を買う。』 よしもとミュージックより4月5日より各ダウンロード・ストリーミングサービスにて配信開始! 〈配信URL〉https://lpm.yoshimoto.co.jp/89779/
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