「越山会査定の脂汗」田中角栄の事件史外伝『越山会―最強組織はどうつくられたか』Part3~政治評論家・小林吉弥
ここから、田中は国家予算の公共事業を分捕り、それを越山会に投下、振り分けることで選挙での田中支持を強化し、越山会のさらなる増強に弾みをつけることになった。
読者諸賢に、しばし〝驚異の数字〟をお目にかけることにしよう。筆者は、のちに田中が首相を退陣したあと、さかのぼって十数年間の新潟県に投下された補助金を調べたことがあった。
国家予算の歳出の中に、都道府県別に国がどれだけの補助金を出したかが分かる「補助事業費」という項目がある。この補助事業費の新潟の〝分捕り額〟が、田中が政調会長になってすぐ、べらぼうな数字になっていたのである。
首都の東京はもはや一つの自治体という概念を超えているから、破格とも言える補助金の獲得は当然。また、北海道も広大な土地に14支庁が集まり、さらに北海道開発庁まで置いていたのだから、この両自治体の額の多さは別格と理解すべきである。
政調会長になるや直ちに補助金を拡大
しかし、この別格を除くと、なんと大阪府、愛知県といった大都市を有する自治体を尻目に、日本海側の一雪国にすぎない新潟県が、やがては東京、北海道に次ぐ3番目の補助金獲得を果たすようになっていくから驚きである。例えば、以下のようである。
▼昭和37年度 1.東 京…650億円 2.北海道…213億円 3.大 阪…174億円 4.愛 知…122億円 5.新 潟…121億円
▼昭和38年度 1.東 京…600億円 2.北海道…260億円 3.大 阪…188億円 4新 潟…154億円 5.愛 知…134億円
昭和37年度予算は前年度の暮れに予算編成となるから、田中は政調会長になるや直ちに新潟への補助金を一気に拡大させたことになる。
まず、愛知に次ぐ5位に躍進させ、翌38年度はさらに大阪に次ぐ4位まで押し上げている。田中はその前年の37年7月には、政調会長から国家予算の全権を握る大蔵大臣に就任し、さらに新潟への利益配分に腕力を示したということだった。
その後は、昭和40年6月に自民党幹事長に就任して、新潟の4位の座は揺るがず、幹事長として近い将来、天下取りレース参戦は間違いなしが定着した頃の昭和45年度には、ついに東京、北海道に次ぐ3位(両自治体は別格だから、実質トップということになる)に押し上げてみせたのだった。
▼昭和45年度 1.東 京…1214億円 2.北海道…991億円 3.新 潟…533億円 4.大 阪…526億円 5.愛 知…370億円
その後、田中は首相となり、やがて退陣、ロッキード事件での逮捕をはさんでも、例えば、昭和52年度・1307億円、53年度・1621億円、54年度・1800億円(当初予算)といった具合で、金額を増やしつつ3位の座を譲ることはなかったのである。
さて、こうした新潟に投下される補助金、すなわち公共事業予算のほぼ100%は、〈新潟3区〉内の各地に張り巡らされた越山会の土建業者が請け負う形になる。そして、請け負った業者は「選挙の票」で田中に返すことになる。非越山会系の業者がこの公共事業を請け負う道は、ほとんどなかったと言ってよかった。
越山会は『新潟の経済同友会』との別名も…
例えば、このような事実に対して、日本共産党機関紙『赤旗』が、次のような〝問題提起〟をしたことがある。「建設省北陸地方建設局が、昭和56年1月から12月末までに、長岡地区(長岡市と三島郡与板・越路両町)で発注した工事(工費1000万円以上のもの)36件のうち、越山会系業者が受注したのが、じつに34件、工事を受注した田中直系企業の中には、県業者ランクでE(番外)評価の工事実績の少ない会社まで入っていた」(昭和57年1月31日付)
しかし、こうした批判に対して、各地の越山会を統括する新潟県越山会の幹部は、こう言い切っていたものである。
「越山会は、『新潟の経済同友会』との別名もある。工事を受注できないとしているのは、企業努力が足りないということじゃないかね」
しかし、各地の越山会が楽々と公共事業を請け負えるかとなると、じつは厳しい〝掟〟があった。選挙の際、各地の越山会が田中票を「得票率」でどれくらい出したか、厳しく問われるのである。
これを「越山会査定」と言う。予算編成の季節を迎える約4カ月前の大蔵省原案が出る夏場、東京から田中の腹心である大物秘書が、〈新潟3区〉入りしてくる。前回選挙の得票率をにらみつつ、思わしくない越山会に大きな仕事を落とすことはない「査定」をするのだった。秘書の名は山田泰司である。
この山田の歓心を買うために、各地の越山会の幹部たちは、選挙の季節になると脂汗をにじませながら、田中票の上積みに走り回る日々が続くことになるのだった。
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