(画像)Kobby Dagan/Shutterstock
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『性産業“裏”偉人伝』第10回/援デリの元打ち子~ノンフィクションライター・八木澤高明

援デリの市場が大きかったのは10年以上前。女性を求めてアクセスしてくる男性に対し、女性客ではなく、デリヘル業者が用意したメッセージを打ち込む「打ち子」が少なくなかった。


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サクラである打ち子は、実は男性がほとんどだったという。そして私は、つい最近、打ち子をしていたという男性と知り合った。


援デリ市場が以前に比べ小規模になった今では、打ち子を仕事としている者はほとんどいないという。風俗業における、消えゆく仕事でもある打ち子の記録を残しておきたいと思い、私は元打ち子の男性が暮らしている埼玉へと向かった。


私鉄沿線のとある駅で降りると、元打ち子の山岸が、軽自動車で迎えに来てくれていた。彼と合流すると、そこからは山岸の車で、駅から20分ほどの場所にあるファミレスに入った。


昼時ということもあり、店内はいっぱいだった。風俗に絡んだ話をするのには気がひけるような状況だったが、山岸はまったく気にしていないようだった。


「援デリのことですよね。何から話せばいいですか?」


声量は大きく、周囲の席にはうるさいぐらいの声。私の方がきょろきょろと周りの反応を見てしまうほどだった。


現在は風俗業界から離れ、もともとバイクが好きだったこともあってバイク屋で働いている。山岸が援デリの打ち子をしていたのは、今から17年ほど前のことだったという。


声は大きいが、性格は思慮深く、こう前置きしたうえで話を始めた。


「これから話すことは、あくまでも過去の話ですので、風俗業界の昔話だと思って話をさせてもらいますね」


そもそも、打ち子とはどのような存在なのだろうか。


「主に無許可でデリヘルを経営している業者に頼まれて、出会い系サイトに登録して客を見つけるんです。私が打ち子をしていた時代で、サイトの約9割が〝ネカマ〟と呼ばれる業者の人間だったと思います」


女性になりきる上で、気をつけていたことはあったのだろうか?


「ほとんどないですね。基本的に会話などしません。最初のメールで条件を提示するんです。ホテル別で2万円だとか。下手に雑談をしていると時間の無駄ですし、収入にも影響します」


山岸は当時、打ち子で生計を立てていた。少しでも多くの収入を得るため、条件だけを伝えるのが手っ取り早く客を見つける最良の手段だったそうだ。


ほぼ休みを取らず、毎日仕事をしていたという。


「1日の客の流れというのがあるんです。朝10時ぐらいから仕事を始めて、昼すぎぐらいまではアポを取れるんですが、14時から18時はほとんど客は来ません。夜のヤマは22時から深夜の2時ぐらいまでで、1日で7〜8人の客とアポを取れたら上出来でした」


実際に、一人の客を見つけると山岸にはいくら入るのだろうか。


「2万円のアポが入ると、3000円。1万5千円で2000円でした。月にもよりますが、月収は20万円から30万円でしたね」


その収入は、打ち子としては、優秀な部類に入るという。


「マメにやっていた方だったので、トップ集団にはいたと思います」


高収入とは言い難い仕事ではあるが、家で好きな時間に働くことができ、楽な仕事だったという。

SNSの進化で打ち子は不要に

山岸が打ち子をしていた当時、仕事をしていたデリヘル業者には10人の打ち子がいたという。今では打ち子だけで生活している者はほとんどいないのではないかと山岸は明かす。

「テレクラができて、個人が売春をするハードルが下がりました。さらにインターネット時代の到来で、さらに匿名性が増してハードルが下がりました。そこに風俗業者が目をつけて、援デリという風俗が生まれたんです。さらに時代が進み、今では女の子が個人で客を取る時代になりました。お客さんにはいい時代ですよね。打ち子が存在する意味はないんです」


SNSは、これまであった既存の壁を次々打ち壊しているが、風俗業界にも同じことが起きた。匿名性が高いこともあり、風俗との親和性は高く、業者の囲いを離れ個人で動く女性が増えているのだ。


そうなると困るのは、これまでのスタイルを抜け切れない者たちである。山岸によれば、今も打ち子はいるが、その多くが恐喝などによって利益を得る悪徳業者だという。


「今もニュースに出たりしますが、客の男に酒を飲ませて飲酒運転をさせる。それから業者の車が事故を起こすんです。飲酒運転の手前、警察には言えないので、示談金を取るんです。他には未成年とやらせて、あとから脅迫するパターンです。特にここ数年、まともな打ち子では稼げなくなっているので、詐欺集団が増えているんです」


そもそも打ち子という職業が売春を斡旋していることもあり、違法であるのは間違いない。だが、それにも増して、違法性に拍車が掛かっているのが昨今の現状なのである。


山岸は、アンダーグラウンドな職業からうまく足を洗ったが、一歩間違えば、世間を騒がせていた可能性もあった。


「今考えれば無知がいけなかったんですが、恐ろしいことをしていましたね」


社会問題となっているオレオレ詐欺などに加わる者が後を絶たないのは、社会が不安定となり、グレーゾーンに生きる者たちが多いことの証しでもある。山岸の証言は、そんなことを教えてくれたのだった。
八木澤高明(やぎさわ・たかあき) 神奈川県横浜市出身。写真週刊誌勤務を経てフリーに。『マオキッズ毛沢東のこどもたちを巡る旅』で第19回 小学館ノンフィクション大賞の優秀賞を受賞。著書多数。