『素顔をあえて見せない日本人 新時代のコミュニケーション』ビジネス社/1540円
宮口幸治(みやぐち・こうじ)
立命館大学教授。京都大学工学部を卒業し建設コンサルタント会社に勤務後、神戸大学医学部を卒業。児童精神科医として精神科病院や医療少年院に勤務。2016年より現職。医学博士、臨床心理士。『ケーキの切れない非行少年たち』(新潮新書)など著書多数。
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――著書の中で日本人のマスク生活はこれからも続くと書かれていますが、なぜそう思われたのですか?
宮口 大学のゼミをオンラインで行ったときのことです。自宅にいるのにマスクを着けて参加している学生が何人かいたのです。それを見た他の学生もマスクを着け始める。マスクが感染症対策以外の役割を持ち始めているのかな、と思いました。マスクで顔を半分隠すことで積極的に発言するようになった学生もいました。
口周りには表情がありますし、年齢も口元に現れやすいといわれます。ネット上で「顔パンツ」という言葉が流行ったのは、こうした自分の見せたくない部分を隠すアイテムとしてマスクを使用している人が多いからだと思います。近所のスーパーに出かけるのも、わざわざ化粧をするよりもマスクだけ着けて外出するほうが楽ですし、長いマスク生活でその便利さに慣れた人は、これからも着け続けると思います。
――医療少年院に勤務していたときは、マスク着用によって少年たちの問題行動が減ったことがあったとか。
宮口 コロナ前、新型インフルエンザが大流行したときの話です。少年たちは教官から、小言ともとれるような注意を受けると、それによく反発していました。ところが教官がマスクをしていると、教官の発言機会が減って反発材料も減ったのです。長い説教をされる少年もいましたが、聞き取りづらいのか反発していませんでしたね。
内面重視の新しい人間関係
――通常のケースだと、マスクで意思疎通が難しくなることはデメリットでは?
宮口 コミュニケーションを取る際に必ずしも顔全体が見えている必要はありません。目や眉にも表情がありますし、声色やしぐさでも心情が伝わります。
学校関係者や保護者の方などからはよく、「マスク生活によって子供たちの心理や発達に悪い影響はないか」ということを聞かれますが、人間はそんなにヤワではありません。遺伝子学には「エピジェネティクス」という言葉があり、人間のDNAは、生活習慣や生活環境が変わるだけでも後天的に変化が起こるものと考えられています。見えていない部分があれば、ほかの部分から伝えようとしたり、読み取ろうとしたりする能力が発達する可能性があるのです。
――そうなると、社会はどう変わると思いますか?
宮口 見た目の重要性は薄れ、今よりも内面重視の社会になると思います。実際コロナ禍では、素顔を知らないまま交際を始める若者もいました。内面から入る恋愛というのがすでに始まっているんですね。私たちの居場所がネット空間に移れば内面重視の傾向はますます強まり、これまでにない人間関係が始まるかもしれません。
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