『母という呪縛 娘という牢獄』講談社 /1980円
齊藤彩(さいとう・あや)
1995年東京生まれ。2018年3月北海道大学理学部地球惑星科学科卒業後、共同通信社入社。新潟支局を経て、大阪支社編集局社会部で司法担当記者。2021年末退職。本書が初めての著作となる。
――母親に医師になることを強要された娘の髙崎あかり氏(仮名)が、9年もの浪人生活を送った末の殺人事件。事件に関わるきっかけは何だったのですか?
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齊藤 一つには、事件取材に当たって加害者の視点から背景を掘り起こすことも必要だと考えているからです。加害者を加害者たらしめる構造に焦点を当てることが、再発防止や課題解決につながると考えています。二つ目に、私自身も進学をめぐって母親関係に悩んだ経験があり、母娘の確執は普遍的なテーマなのではないかと思い、詳しく取材してみたいと考えました。
――髙崎氏と面会したときの印象はどうでしたか?
齊藤 内省的で、ご自身の思考を的確に言葉にされる方という印象を持ちました。事前に質問を送ったうえでお話しいただき、理論整然とした口調を鮮明に覚えています。一方で好きな食べ物や俳優の話を伺うこともあり、趣味嗜好や感性の面でどこにでもいる30代の女性という印象でした。
親として子に受けさせる教育とは…
――事件を「他人事とは思えなかった」と書かれていますね。
齊藤 そうですね。この作品に登場する母親・妙子氏(仮名)は、医学部進学に固執するあまり、高いレベルの学力を身に着けさせようと幼少期から英会話教室に通わせ、終いには9年間もの浪人生活を強いています。事件を報道した際、髙崎氏に共感する反響が数多くあったことから、似た経験を持つ親子は多いのではないかと考えています。
あくまで推測ですが、妙子氏の言動は「娘にはより良い人生を送ってほしい」という、母親が持つ本能的な愛情からくるものだったと私は捉えています。特に資産のないサラリーマン家庭では、より良い人生を送るためには経済的に安定した職業に就く必要があり、そのためには高い学歴が必要、という考えに至るのではないかと思います。そのような娘の将来を想う愛情が、「教育への投資」という形で表れるのではないでしょうか。
――一審では殺害を否認した髙崎氏ですが、二審では認めていますね。
齊藤 一審では「母は自殺した」と、事実と異なる主張をしていましたが、二審で罪を認めるに至ったのは、髙崎氏に思考の変化があったのだと思います。裁判所は一審で髙崎氏が母を殺害したと判断しましたが、情状面では「同情の余地がある」と評価しています。髙崎氏は「母親との確執は誰にも理解されないだろう」と考えていましたが、一審から二審に至る過程で事実を明らかにしようという意思が芽生えたのではないかと思います。
(聞き手/程原ケン)
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