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『昭和猟奇事件大捜査線』最終回「強姦された20代女性の全裸遺体…新妻を殺した冷酷な男の正体」~ノンフィクションライター・小野一光

Azis radih
(画像)Azis radih/Shutterstock

「なに! 若い女がG町の田んぼの中で、裸で死んでいるだと?」

昭和40年代の冬、中部地方O県D市のD警察署で、受話器を取り上げた刑事課長が声を上げた。

彼は間髪を入れず、現場保存を指示し、署員の非常招集、各方面への手配、報告連絡を行う。

現場はD駅より東南方面に約2キロの地点で、G集落の入口となっている場所。沿道の両側には田んぼが続き、人家はまばら。現場から約500メートル離れたI団地までの間は、夜間はほとんど人通りがない。

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市道から約1.8メートル下にある田んぼに積もった雪は蹴散らされており、血痕が点々と落ちていることから、抵抗の痕跡がはっきりと認められる。

その付近には凶器と思しき長さ約2メートルの丸太が2つに折れて落ちており、周囲では被害者のヘアピンやヘアピースなどが踏み散らされていた。

被害者はこの市道脇の1段目の田んぼで殺され、そこから12メートル離れた2段目の田んぼまで引きずっていかれたようで、その場で仰向けに倒れている。

年齢は一見、24〜25歳。あでやかな白い訪問着姿の女性で、その帯は解かれ、胸元や下腹部を露出し、ほとんど全裸に近い姿だった。

首には3条の扼痕が認められ、耳たぶのあたりが腫れており、目には首を絞め付けられてできる溢血点が目視できる。左前頭部から側頭部にかけて、指頭大の打撲傷が10数カ所あり、血がにじみ出ている。

そうしたことから、死因は扼殺か、頭部打撲による脳内出血死であると推測された。

死体の外陰部と衣類には多量の精液が付着し、頭部近くには血を拭ったチリ紙があった。さらに右内股と衣類の数カ所には、血痕がついていた。足元付近には草履、ハンドバッグ、帯留めなどが散乱し、ハンドバッグの口金が開いているが中には化粧品だけで、財布がないため強奪されているものとみられた。

自分の妻ではないか…

ただちに捜査員が現場付近の聞き込みを行ったところ、近くに住む農家の樋渡省吾(仮名、以下同)が、前夜の午後9時50分ごろに、家族とトランプ遊びをしていたところ、現場方向から「助けて」と、2回くらい繰り返した女性の悲鳴を聞いていたことが分かる。

そうしたことから、犯行時間はその時刻であることが推定された。

とはいえ、現場での遺留品の中に、被害者の身元を明らかにする物はない。現場に残された風呂敷包みの中で見つかった、「内祝、佐藤」と書かれたのし紙付きの茶器の引出物が、唯一の手掛かりだった。

被害者が訪問着姿であることから、「佐藤」という家へ、何か祝い事に招かれたのであろうことが予想されたため、「佐藤」姓を求めて捜査員は近在の集落を回る。さらに、それらの集落の有線放送を活用して、「佐藤さんの家へお祝いに呼ばれて行き、まだ帰らない女性がいましたら、すぐに届けてください」との放送を繰り返した。

するとその日の午前中、この有線放送を聞いた親戚から連絡を受けたと、D市の黒田健作(33)が、自分の妻の黒田美樹(25)ではないかと、D警部派出所へ飛び込んできたのである。

事情を聴いた捜査員は、死体が美樹であることを確認した。健作は言う。

「昨年4月に結婚したが、まだ子供がいなかったので、美樹はT市にある呉服店の店員として勤めていました。昨日は仲人の佐藤さんのところへ、同家の初孫のお宮参りに夫婦で招待されました。その帰りに、自分は仕事の打ち合わせがあったため、美樹だけをD駅前で降ろしました…」

美樹を降ろしたのは午後8時40分ごろだった。健作は午後9時50分ごろに自宅へ戻ったが、先に帰ったはずの美樹は自宅にいない。そこで、実家へでも行っているのだろうと考え、そのままうたた寝をしたという。

「夜中の2時半ごろになって目を覚ましましたが、美樹が自宅の合鍵を持っていなかったことに気付き、急に不安になって、心当たりの所を親戚の者と捜していました。そこで有線放送のことを知り、急いで派出所へ駆けつけたんです」

新妻の遺体に強姦された形跡

健作は、美樹が現場付近に行ったのは、彼の実家がすぐ北にあるL集落であるため、そこに行くつもりだったのではないかと話す。

設けられた捜査本部では、犯行の時間、場所、状況から、以下の見立てをした。

○強姦を主目的としていること
○国道から比較的奥に入った場所であり、犯行推定時刻からみて、土地勘のある者ではないか
○犯行方法が大胆、猪突型で、性的残虐性があることから、性的変質者または少年の仕業ではないか
○被害者が若い女性で、高価な化粧品を使い、身綺麗であることから、痴情関係はないだろうか
○被害者はなぜ人通りの少ない夜陰の山道を歩いていたか。夫の説明にも納得しかねる点がある

そこで被害者の当夜の足取りを求めて、特に被害現場に至る道路に沿って、集中的な聞き込みが続けられた。すると途中にある菓子店に、被害者と思しき白い訪問着姿の若い女性が、午後9時15分ごろに立ち寄っていることが分かった。

同店の女性店主は語る。

「菓子折りを求められ、『こんな遅くにどちらへ?』と尋ねたところ、『家へ寄ったが鍵がしてあり、入れないのでL集落の夫の実家へ行く』と答えていました」

また、美樹の身辺関係の捜査を行ったところ、彼女は極めて真面目な性格で、浮いた話はまったくなく、夫婦仲も円満であることが判明する。こうしたことなどから、この事件は痴情や面識者による犯行ではなく、土地勘のある者による偶発的な犯行という見方が、一層強くなった。

一方、死体解剖の結果、頸部を絞められてはいるが、死因は左前頭部を10回余り殴打されたことによる脳内出血だとされた。被害者の血液型はA型。しかし、外陰部や膣内に残された犯人の精液を検査した結果、その血液型はAB型だった。

さらにこの犯人のものと思われる血液が、被害者の右半身の肌や着物にも付着しており、その部位が片側に偏っているため、犯人は左手を負傷しているのではないかと推測された。

そんななか、I団地に住む倉田清という18歳の青年の当日の行動に、刑事課長が目を留める。彼の行動には次の不審点があった。

○倉田は母と2人暮らしだが、母は事件当夜、知人宅へ法事の手伝いに行っており、その夜は1人だった
○事件当夜の帰宅時間を裏付けるものがない
○平素の通学時とは別の道を通っており、それは犯行現場に続く道であること

そこで捜査員を倉田のもとに送ったところ、彼は左手に真新しい包帯を巻いていたという。倉田は言う。

「帰宅途中に細い道を通って帰る際、小道の石段につまずいて、手の甲を切ってしまった」

捜査員は平静を装ってその話を聞くと、ろ過紙による唾液の任意提出を受けていた。その血液型はAB型だったのである。

「今夜こそ、女を襲おう」

そこで捜査本部では、倉田の万一の逃走に備えて、捜査員3人を1組として、3カ所に張り込みを配置。翌朝に任意同行を求めた。

取り調べは、家族や学校の状況などに始まり、次第に事件当夜のことに及ぶ。

「どうした。本当のことを言ってさっぱりした方がいいぞ、倉田くん」

取調官にそう告げられた倉田は、机にうつ伏すと、「母ちゃんを呼んで下さい」と大声を上げて泣き出した。その後、すべてを自供した彼は明かす。

「母親に隠れてエロ雑誌を読み、隣に住む女性の下着を盗んだりしてましたが、それだけでは満足できなくなり、いつか女子高生でも襲いたいと考えてました」

母親が法事の手伝いで外出した日、「今夜こそ、女を襲おう」と決意。L工場の脇に身を潜めて、女性が通るのを待っていたと語る。そこに、白い訪問着を着た美樹が通りかかったのだ。

「集落の手前の人家が途絶えたところで、背後から彼女を襲いました。もつれあって、路上からすぐ下の田んぼに転がり落ち、彼女は『助けてー』と悲鳴を上げて抵抗していました。僕は、騒がれたら周りにバレてしまうと思って…」

倉田は近くにあった丸太棒を手にすると、起き上がろうとした美樹の頭にめがけて振り下ろした。

「彼女はその場に倒れ、丸太の先端は折れていました。それから10回以上頭を殴りつけると、彼女がぐったりしたので、後ろから抱きかかえて田んぼの奥の方に引きずり、そこで着物を脱がせました」

身勝手な欲望を満たした倉田は、美樹のハンドバッグから財布を取り出すと、そこから現金2600円を奪う。さらに、逃走方向を誤魔化すために、わざわざ自宅とは反対方向に向かい、そこで財布だけを投げ捨て、家に逃げ帰ったのだった。

倉田の自供に基づき、捜査本部が自宅の押し入れを捜索した結果、血痕の付いた衣類と、辞書の表紙の裏に隠されていた現金を発見した。さらに、倉田の当夜の履物の足跡が、現場から採取した足痕と一致したことから、彼による犯行が裏付けられたのである。

小野一光(おの・いっこう)
福岡県北九州市出身。雑誌編集者、雑誌記者を経てフリーに。『灼熱のイラク戦場日記』『殺人犯との対話』『震災風俗嬢』『新版 家族喰い――尼崎連続変死事件の真相』など、著者多数。

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